第83話(針のむしろ?)
オートマッピングの気分ではなくなったレイは、トボトボとシルバーシェルに戻った。何にしても、セリアは衛兵隊詰所で打ち合わせ中だ。何の話なのか分からず、ただ戦々恐々とするばかりだった。
「何なんだろ?オレ、何かセリアさんに悪いことしたかな?」
レイは自分を問い詰めるように考えながら部屋に入る。すると、アルが声をかけてきた。
(レイ、私もギルドでの会話は聞いていましたが、特に悪いことはしていないと思います。今、それを考えても埒があきません。セリアさんが何で気分を害したのか、聞いてみないと分かりません)
アルの言葉にレイは少し安心した。自分が何か悪いことをしたわけではないと思い、ホッとした。
しかし、まだ何も解決したわけではない。レイは深呼吸をして、心を落ち着かせた。
「そうだね、アル。ありがとう。正直に聞いてみるよ」
(そうですね。セリアさんもフィオナさんもサラさんも、大事な友人だと思います。話せば分かる人たちだと思います)
「うん、そうだよね」
アルは内心、三人ともレイの大切な仲間になってほしいと願っていたが、
今はそのことを言わず、ただレイを励ますことに専念した。
***
一方その頃、別の会議室に移ったセリアとリリーは、クレイ隊長から一枚の紙を手渡された。それは最近出回っている奴隷売買に関する文書だった。
二人は紙を見つめ、静かに息を呑んだ。
隊長は冷静に説明を続ける。
「最近、三年前の奴隷売買に関する取引内容が流出している。君たちの名前も含まれている」
「隊長、これは誤解です。私たちは関わっていません」
「何かの陰謀です。私たちは潔白です……どうすれば証明できますか?」
隊長は厳しい目で二人を見据えた。
「潔白を証明したければ、行動で示すしかない。まず、この文書がどこから出回っているのか、誰が関わっているのかを調べる。
当面はファルコナーの外には出られない。この件が片付くまで、衛兵を通じて君たちの行動は監視する」
二人は視線を交わし、ため息をついた。
「わかりました。私たちも全力で、この問題の真相を突き止めます」
「何かあればすぐに報告します。できる限りのことをしますので、信じてください」
「二人とも。くれぐれも軽率な行動は取らないように」
隊長は厳しい表情を崩さぬまま、そう言い残して、二人を見送った。
会議室を出たセリアとリリーは、重い気持ちを抱えたまま、廊下で今後の対処について話し合っていた。
「リリ姉、やっぱり追求されちゃったね」
「いつかは言われるだろうと思っていたけど、思ったよりはマシだったかな?」
「そうね。いきなりしょっ引かれてもどうしようもないし」
「ちょっとファルコナーから出られなくなったのは痛いけど」
セリアは壁に背を預け、肩の力を抜いた。
「黒いローブの男もあれっきりで、足取りさっぱりだしなぁ」
と、ため息をこぼす。
二人は詰所を出た後も話しを続けながら、リリーの薬草店まで戻ってきた。
***
しばらくして、セリアはリリーに声をかけられた。
「セリア、さっき約束してたでしょ?シルバーシェルに行くなら、私も付き合うわよ。シルバーシェルで夕飯食べたいし、お腹ペコペコだし」
セリアは、レイがフィオナと一緒にシルバーシェルにいると思っていた。
臨時でパーティを組んでいるなら、同じ宿屋にいるだろうと思った。
少し気が重かったが、話を聞くために行かざるを得なかった。
「わかったわ、リリ姉。行きましょう」
セリアは微笑みながらそう言い、リリーとともにシルバーシェルへ向かった。
シルバーシェルに向かう道中、セリアは何度もレイとCランクの彼女たちのことを考えた。
「パーティを組まないと危ないわ」と自分が言った通りにレイが行動している――それは分かっている。
でも、実際にフィオナやサラのような美人たちと組んでいる姿を見ると、その先がどうなるのか知りたい気持ちと、知るのが怖い気持ちが入り混じった。
一階のレストランに入ると、そこにはすでにレイ、フィオナ、そしてサラの姿があった。レイはまだ気づかずに、二人と楽しそうに話している。
(……なんか、妙に盛り上がってない?)
セリアは一瞬だけ足を止め、深呼吸をしてからリリーと一緒にテーブルへ向かった。
「セリアさん、それに……リリーさんでしたっけ。こんばんは」
ようやくこちらに気づいたレイが、少し驚いたように目を瞬かせ、それからにこっと笑った。
「ええ、約束してたから。二人で来たのよ。ちょうどお腹も空いてたし」
セリアは笑顔を作って答える。
「そうそう、ペコペコだったの。レイ君に、フィオナさんに、サラさん。合ってるよね? 同じ席に座っていい?」
リリーがにこやかに尋ねると、フィオナ、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「もちろん。一緒に食べましょう」
「賑やかになるニャ!」
サラも笑顔で迎える。
こうして五人で同じテーブルを囲むことになった。
セリアはレイにリリーを紹介する。昔一緒にパーティを組んでいたこと、今も姉のように慕っていることを話した。表向きは和やかに振る舞いながらも、心の奥ではざわめきが止まらない。
リリーはそんなセリアを横目で見て、黙って支えるように微笑んでいた。
やがて会話が一段落したところで、サラが唐突に問いを投げる。
「で、二人はどういう関係ニャ?」
「セリンのギルドでお世話になってる受付の人です。色々相談に乗ってもらったり、アドバイスをもらったり。ソロは危ないからパーティを組めって、いつも言われてて。オレにとっては、お姉さんみたいな存在ですね」
「本当にそれだけニャ?」
「ええ、本当にそれだけです。セリアさんは相談相手で、特別なことなんて何もありません」
――その一言に、セリアの胸がズキンと痛んだ。
表情がわずかにこわばるが、すぐに笑顔を作って答える。
「そう……それなら良かったわ。レイ君が困ってる時に助けられたなら、それで十分」
そのやり取りを見ていたフィオナは、セリアの微妙な変化に気づき、内心で疑念を抱く。
(……やっぱり、何かある気がする)
「ただの相談相手よ。それ以上なんて、何もないわ」
セリアは強がるように言葉を継いだ。
サラはにやりと笑い、レイの肩を軽く叩いた。
「少年、もうちょっとセリアさんに気を使うニャ!」
「え? ああ、分かりました。これからもセリアさんに相談します」
レイは場の空気に気づかぬまま、無邪気に返す。
セリアは笑顔を見せたが、その裏で複雑な感情が渦を巻いていた。
一方、フィオナとサラは視線を交わし、レイとセリアの間に漂うわずかな緊張を感じ取っていた。
***
レイが少し離れた場所へ移動したのを見届けてから、フィオナは静かに口を開いた。
「セリアさん。少し話がしたい。……二人だけで、いいか?」
「……え?」
セリアは一瞬きょとんとしたが、すぐに頷いた。
二人は人通りの少ない路地へ移動し、並んで腰を下ろす。
少しの沈黙のあと、フィオナが真剣な眼差しを向けた。
「率直に聞く。あなたは本当に、レイ殿をただの相談相手として見ているのか?」
「……っ」
セリアの肩がぴくりと揺れた。視線を逸らし、唇を噛む。
「……そう思ってた。少なくとも、今までは。でも今日のレイ君を見て……なんか、胸がざわついちゃって。自分でも説明できないの」
「……分かる」
フィオナはすぐに答えた。
「私も似た気持ちを抱くことがある。理由は分からないけど、レイ殿の言葉や仕草に心が揺れるんだ。気になるし……放っておけない」
「……!」
セリアは驚いた顔でフィオナを見つめ、それからふっと笑った。
「そっか。私だけじゃなかったんだ。レイ君と一緒にいると、つい考えちゃうの。ご飯ちゃんと食べてるかな、とか、無理してないかな、とか……そんな小さなことばっかり」
「でも、それは大事なことだと思う」
フィオナは柔らかな声で続ける。
「それが何なのか、今の時点で結論を出す必要はないと思う。
だが、自分の心と正面から向き合おうとしているあなたを、私は立派だと思う。同じような感情を抱えている者として、敵対するつもりはない。
むしろ……分かり合えたらいいと、そう願っているんだ」
セリアはしばらく黙っていたが、やがて静かに頷いた。
「ありがとう、フィオナさん。……まだはっきりしていないけど、話してみて少し楽になった気がする。整理がつくまで、もう少し時間がほしいな」
「焦ることはない。レイ殿のことも、自分自身のことも、ゆっくりでいいと思う」
二人はふと視線を交わし、ほんの少しだけ微笑み合った。
まだ分からない。でも、今はそれでいい。そう思えた気がした。
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