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第81話(オートマッピング)

昨日、宿屋の料金に青ざめていたレイの様子を思い出し、フィオナとサラはくすくすと笑っていた。


セリンでは銅貨十枚で泊まれる宿に慣れきっていたレイにとって、ファルコナーの「銅貨四十枚」は思わず後ずさるほどの出費だった。シルバーホルムの宿でも、その額は朝食付きの相場に過ぎず、レイには「大金を叩く」という感覚が強く残っていた。


そんなレイに、今度は二人からさらに驚く話がもたらされた。

今回の護衛依頼はフォレストストーカーの撃退に始まり、山麓の村でのオーク討伐に至るまで。その戦利品を精錬商会にまとめて売却した結果、報酬は一人あたり五十五万ゴルドになるという。


「えっ、それって……金貨五枚と銀貨五枚ですよね?」

レイが恐る恐る確認すると、二人はあっさりと頷いた。


フィオナの見立てでは、精錬商会が村に残ったのは、二十体ものオークを解体する時間が必要だったかららしい。だが、ファルコナーに持ち込んで売却すれば、商会側も十分利益が見込めるという。


「商人って、すごいんですね……」

レイがぽつりとつぶやくと、フィオナは小さく微笑んだ。


その商談は、レイが村長宅で眠ってしまったあとの夜、フィオナとサラが精錬商会のリオを訪ねた際にまとめられたらしい。そう言えば、オーク討伐後の処理についてすっかり失念していた自分を、レイは少し恥じた。


「でも、オークを多く倒したのって、お二人じゃないですか? だったら取り分も……」

レイの真面目な疑問は、サラの一言であっさりかき消された。


「オーク多くって、ダジャレかニャ?」

笑いながら言い返され、真顔での抗議は一蹴された。


パーティで得た報酬は等分。それが当然のことだと、フィオナもサラも軽く言ってのける。報酬の入金は精錬商会がファルコナーに到着してからだが、それを聞いたレイはすっかり小金持ちになった気分だった。


そんなわけで、朝食は豪勢な内容になった。


アルが求めていた甲殻類や海藻を意識し、レイは「海の恵みプレート」を選んだ。オムレツ、サラダ、パン、スープが一皿に収まり、見るからに栄養たっぷりだった。


フィオナとサラは、この店の名物という「グリルフィッシュ」を注文した。香ばしい匂いが食欲をそそり、レイも次はそちらにしてみようと心に決めた。


食後、三人はファルコナーの町をゆったり散策した。桟橋を歩き、市場をのぞき、冒険者ギルドや教会にも足を運ぶ。特に市場は大規模で、海産物と野菜、それぞれに特化した二つの市場が分かれていた。人の熱気に包まれた通りを歩くうちに、街の輪郭が少しずつ見えてきた。


昼過ぎ、隊長からの呼び出し時間が近づくと、レイは時刻の確認をアルに任せた。初めて来る町なのに、詰所までの到着時刻を正確に割り出せるアルの能力に、レイは舌を巻く。何でも、一度通った道であれば即座に地図化できるらしい。


「どうやってやってるの?」

レイが尋ねると、アルは答えの代わりに目の前にセリンの地図を映し出した。行った店にはすべて店名が記され、驚くほど緻密だった。


「こわっ……」

レイは思わず目を細めた。


続けて、ダンジョンの地図も投影される。市販の地図より遥かに正確で、思わず感嘆の声が漏れた。


「これ、もう地図とか買う必要ないんじゃ……?」

(当たり前です)

ぴしゃりと返され、レイは苦笑いを浮かべた。


ファルコナーの地図も見せられたが、さすがに昨日今日で歩いた範囲に限られ、表示はまだまだ虫食いのようだった。アルは新しいセンサーを開発してナノボットに搭載したと説明し始めたが、あまりに専門的すぎて、レイは途中で諦めた。


(網膜プロジェクションの方はどうしますか?)

聞き慣れない用語に、レイは目を泳がせるばかりだった。


そこで今日は、できる限り町を歩き、地図の空白を埋めることにした。狭い路地を選んで歩き、看板を確認し、記憶に留める。自分の足跡がそのまま地図に反映されるのを見ながら、レイは夢中になった。


「ここも入らなきゃ。あそこも……」

自然と探検心が湧いてくる。


しばらくすると、アルから念話が入った。

(レイ、そろそろ衛兵隊の詰所に向かってください)


「ええ、もうそんな時間?」


(はい。今から矢印を表示しますので、それに従ってください)

目の前に淡く光る矢印が現れ、レイは頷いた。


「フィオナさん、サラさん、そろそろ詰所に向かう時間みたいです」


「もう、そんな時間か」

「ここは何処なのニャ!」


フィオナとサラは、目の前の景色も人の流れもまったく頭に入らない。狭い路地に入り、曲がり角を曲がるたびに互いの顔を見合わせた。


「本当にこの道で合ってるのだろうか…」

「少年、大丈夫なのかニャ…」


不安で足取りが重くなる二人をよそに、レイは迷わず進む。昨日、宿屋を探すのを心配していた姿は思い出せないほど、堂々としていた。


やがて三人は、目的地の詰所にたどり着いた。ちょうど教会の鐘が鳴り響き、そのタイミングに二人は思わず感心の息を漏らす。


「地図が頭の中にあるみたいだ!」

「迷子になる気配がまったくないニャ!」


レイは一瞬、言い当てられたのかと思い、誤魔化すように言った。

「いや、偶然です。物見櫓が見えた方向に進んだだけですから…」


オートマッピングのおかげで迷わず詰所に入り、昨日と同様、受付の兵士に話しかけるとすぐに会議室へ通された。部屋は四角いテーブルと木製の椅子だけの質素な作りで、窓から差し込む光が静かに壁を照らしていた。


「…牢屋みたいだな……」

レイは小声でつぶやいた。


三人は入り口近くの椅子に腰掛け、やがて他の人々が入ってくるのを見守った。何人かが無言で席に着き、テーブルの上の書類を目にする。言葉は交わされず、部屋には沈黙が満ちていた。皆、どこか疲れているように見えた。


レイは隣のフィオナとサラの表情をそっとうかがった。二人もまた、この空気の重さを感じているようだった。


――やっぱり、あのオークはただのオークじゃなかったんだ。


そう思った矢先、扉が開き、見覚えのある人物が現れた。セリアと、見知らぬ小柄な女性だ。


「えっ!レイ君、どうしてここに?」

セリアが驚きの声を上げる。


「あれ、セリアさん? どうしてここに?」

レイも思わず聞き返した。


ふたりの問いには少しすれ違いがあった。セリアは「なぜファルコナーに?」、レイは「なぜ衛兵詰所に?」と思っていたのだ。


小柄な女性は戸惑いながら二人を見比べたが、やがてセリアが気づいたように口を開く。


「……フィオナさんと、サラさん?」


セリアは、ふたりがC級冒険者であることだけ知っていた。だが、なぜレイと行動を共にしているのかは分からない様子だった。


「レイ君、どうしてC級冒険者の人と一緒にファルコナーにいるの?」

「えっと……護衛依頼で臨時のパーティを組むことになったから……ですかね?」


「何で疑問符ニャ?」

サラがすかさずツッコミを入れる。


フィオナは穏やかに微笑みながら補足した。


「そうだな。私たちは三人で臨時のパーティを組んでいる」


「そうなの……?」

セリアは納得しかねた様子でじっとレイを見つめる。視線に、レイは少し困った。


「えっと、バランさんから、講習を受けるかベテラン冒険者とパーティを組まなきゃ依頼受注禁止って言われて…」


曖昧な説明にしかならなかったが、事実ではある。どう話しても、セリアの目はレイから離れなかった。


そのとき、会議室の扉が開いた。


隊長の姿が現れると、空気が一気に切り替わった。全員の視線が集まり、セリアも隣の女性と並んで席に着く。それでも、彼女は何度もレイを振り返っていた。


会議室の空気は重いが、レイの胸には別の緊張感が芽生え始めていた。


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