第7話(金が必要)
9月19日改訂:レイはまだアルが見えていませんが見えているように書かれていたので修正しました。
鉱山とダンジョンを行き来する日々が続き、気がつけば一月が過ぎていた。
一月とは、大きい方の月が満月から次の満月へと戻るまでの期間を指す。この国では、それを四週に分けて数え、各週は七日間。つまり一月は二十八日。そして、年は十三月で構成され、すべてがこの大きな月のサイクルに基づいている。
なお、小さい方の月は大きい月に隠れて見えなくなることが多く、暦としてはあまり用いられていない。
──閑話休題。
レイたちは、ある問題に頭を抱えていた。
「純金が必要なんです」と、アルに言われたのが発端だった。金山の場所もわからず、仕方なく金貨で代用しようという話になったが――
「手持ち全部合わせても、七万ゴルドちょっと。銀貨八枚にも届かないんだよな」
金貨に替えるには、銀貨があと三枚以上必要だった。だが両替にも手数料がかかる。その分で串焼き一本は買えてしまう。
今朝はいつものパン屋が休みだったため、宿屋近くの大衆食堂で、レイとアルは作戦会議中だった。
「なあ、本当に金貨が必要なのか?」レイは眉を寄せた。
「はい。正確には、金貨に含まれる純金が必要です。金山が見つかれば理想的ですが、それには運も絡みます」
「だろ? でもこの手持ちじゃ足りない。結局、稼がないと」
レイの言葉に、アルはふわっとした口調で返す。
「レイ、大量に必要なわけではないんです。誰かの金貨を少し、かじらせてもらえれば……それで済むかと」
「そんな恥ずかしいこと、誰に頼めるかよ!」
レイは真っ赤になって声を張り上げた。
「そんな大声を出す方がよほど恥ずかしいですよ。ほら、皆さんこちらを見てますし」
「うぅ……」
周囲の視線が冷たく突き刺さる。「あいつ何か一人で怒ってるぞ」的な顔をされている。
レイは身を縮めながら、ぽそっと呟いた。
「なあ、アル。他の方法で会話できないのか? これじゃ周りから変な目で見られるって……」
「現在のリソース状況では、音声によるコミュニケーションしかできません。ただ、リソースさえ確保できれば、思考を直接読み取る方式も試行可能です。多少時間はかかりますが」
「リソースって?」
「簡単に言えば、私に今は余裕がないということです」
「じゃあ、余裕ができれば、声を出さなくても会話できるってことか。それなら助かる。頼んだぞ、アル!」
レイがほっと笑うと、アルはため息交じりに応えた。
「ええ。リソースが確保できたら、ですね。……そのリソースを増やすために、純金が必要なのですけど」
「……つまり、稼げってことだな。オーケー、最近は体調も悪くないし、依頼でもこなして金を稼ごう!」
レイは気合いを入れ直すと、アルと共に宿屋の食堂を出てギルドへ向かった。
ギルドに到着するや否や、レイは依頼ボードに駆け寄る。が、予想通り、目ぼしい依頼はすでに埋まっていた。残っているのは、常時依頼ばかり。
「レイ。常時依頼の“オーク討伐”。どうでしょう? 魔石は銅貨三十枚で、肉の買い取りもあるなら効率がいいかと」
「いやいや、オークって体高二メートル超えの、二足歩行の猪みたいな魔物だぞ。しかも斧や棍棒持ってることもある。一発で死ねる自信あるし。……それに、これはDランク依頼だ」
「そういえば、レイはまだEランクでしたね」
「うぅ……地味に傷つく言い方……」
人も減ってきたタイミングで、レイは受付のセリアに相談することにした。
「セリアさん、ちょっと相談いいですか?」
「あら、レイ君。どうしたの、改まっちゃって」
「ちょっと入り用がありまして。できれば、稼げる依頼を探してるんです」
「うーん、そうねぇ。少し前までは毒消しポーションの素材が品薄で、薬草採取の依頼が割高だったんだけど……今は見合わせてるの」
「なんでですか?」レイが驚いて尋ねる。
「ドゥームの森の手前に毒消し草が群生してる場所、あるでしょ?」
「ああ、森の入り口のあたりですね」
「そこ、最近オークの目撃情報があって。だから毒消し草の採取もDランク指定になっちゃったの。安全が確認されるまで、Eランクの人は受けられないわね」
「そんなに出てるんですか? オークって」
レイは不安げに訊いた。
「今のところは単体での報告だけよ。だから迷い込んだはぐれ個体かもしれないけど、念のためね。レイ君、一人で行くのはダメよ? オーク相手にソロは危険すぎるもの」
「……ですよね〜」
レイはしょんぼり肩を落とす。
「他に残ってる依頼は、市場の盗難防止の警備と、商品の荷下ろしと倉庫への運び込み。それから、畑に出てくる角うさぎの討伐くらいかしら」
セリアは依頼書をさばきながら、順に並べてくれた。
「うーん、どっちもどっちって感じだなぁ。セリアさん、分かりました。また来てみます」
「ほんとに? レイ君、パーティ加入も考えておいてね。ソロ活動は危なっかしいのよ」
「はーい、前向きに善処します」
レイは手をひらひら振ってごまかすように応える。
「もう……」
セリアが少し頬を膨らませた。年上だけど、何だか可愛い人だなとレイは思う。
ギルドを出たあとは、しばらく口を噤んで歩いた。やっぱり稼ぎのいい依頼は見つからず、オークの頻発が足かせになっている。低ランク冒険者の出番は、しばらく限定されそうだった。
「まあ……別の依頼中にたまたまオークに出くわして、やむを得ず倒した、ってことにすれば、自己責任で済むけどな」
レイがひとりごとのように呟く。
「ほう、そんな裏技があったんですね。それなら倒しに行きましょう。私にいい考えがあります」
「裏技っていうか、ただの運任せだよ。そんな簡単なもんじゃないし、本当に大丈夫か? また何か隠してないよな」
レイが疑いの目を向けると、アルは無邪気な調子で返した。
「私、レイを騙したことありましたっけ?」
「じーー……」
レイは視界にいないアルをにらむような仕草をして見せる。
「そんな顔してると、また通行人に変な人扱いされますよ?」
「……うるさいよ」
レイは顔をしかめながら、足早に歩き出す。
最近、アルにからかわれてばかりな気がする――そんな気がしてならないレイだった。
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