第75話(駆ける心と)
夜の見張りは無事に終わり、東の空が朝日に染まるころ、レイはフィオナとサラに挨拶した。
サラは眠そうにあくびをしながら顔をこすっている。
「おはようニャ、まだ眠いニャ〜」
その仕草がまるでネコのようで、思わずレイは微笑んだ。
一方のフィオナは、珍しく視線を揺らしながら、ぎこちなく挨拶を返す。
「お、お、おはよう……」
昨日の夜、C野郎とやり合ったことが尾を引いているのか、それとも別の理由か。普段毅然としている彼女には、あまりにも不自然だった。
今日の行き先は、大街道の分岐点から右手に伸びる山麓の道――通称「山麓の村」だ。旅人の間ではこの呼び名が一般的で、たしかに覚えやすい。
荷馬車の隊列が整いはじめると、遠くからリオの号令が響いた。
「これからファルコナーに向けて出発する!」
ガラハドの荷馬車と共に山裾の道を進み、道幅の広い休憩地点に到着する。ここからは偵察のために先行行動を取ることになっていた。
「じゃ、ガラハドさん、先に山麓の村まで行ってきます。また後で」
レイが声をかけると、ガラハドは穏やかにうなずく。
「行ってらっしゃい。フィオナさん、サラさん、レイ君。気をつけてな」
「ありがとうございます」
三人は一礼して、出発の準備を整えた。
レイは、昨夜の見張りでフィオナに言われた言葉を思い出す――
──仲間と協力して戦え。
その意味をより深く理解したい。そう思い、歩きながら声をかけた。
「すみません。フィオナさん、一緒に戦うって、どうしたらいいんですか?」
唐突な問いに、フィオナは少しうろたえ、思わず口をついた。
「いっ、一緒に!」
「ん、違いましたか?」
レイがきょとんとすると、サラが肩をすくめて笑いながら口を挟んだ。
「んふふ〜、少年、フィオナは後衛ニャ。だから少年は前に出て戦うニャ!」
「そういうことですね。分かりました」
「前衛は後衛を守るように戦うニャ!」
「了解です。フィオナさんを守ればいいんですね!」
真剣な口調に、フィオナの顔は真っ赤に染まる。
「まっ、まっ、守る!」
あたふたと反応する彼女に、レイはしまったと思う。自分よりも格上の冒険者に、守るだなんて言ってしまったかもしれない。
(後でちゃんと謝ろう……)
──side フィオナ──
昨日からほとんど眠れていない。レイの顔や言葉、仕草のひとつひとつが頭から離れない。思い出すたびに胸が高鳴り、何度もため息をついた。
今日の朝だって、彼と目を合わせただけで、体の奥から熱がせり上がる。平常心を保とうとしても、簡単にはいかない。
(落ち着け、いつも通りに……)
そう自分に言い聞かせた矢先、彼の問い――
「フィオナさん、一緒に戦うって、どうしたらいいですか?」
心の準備ができていなかったフィオナは、思わず口を滑らせた。
「いっ、一緒に!」
(な、なにを言ってるのだ私は……!)
焦る心を押さえ込み、深く息を吸い込む。
「了解です。フィオナさんを守ればいいんですね!」
その言葉が決定打となる。
「私を、まっ、まっ、守る……!」
彼の真剣なまなざしに、胸の鼓動はさらに強まった。
(ダメだ、平静を装わなければ……)
まだ始まってもいないのに、心だけが騒いでいる。
***
一方、レイはフィオナの変化にうすうす気づきつつも、あえて見て見ぬふりをしていた。
彼女の抱える責任の重さを思えば、変に突っ込むのは避けるべきだと判断していた。
それでも心のどこかで気になっていた。
ギルド職員のバランも言っていた。ハーフエルフと人族には、ちょっとしたズレが誤解を生むことがある、と。
(何か気に触る事でもしちゃったかな…慎重にやらなきゃ……)
そのとき、レイは前方から何かが壊れるような物音を捉えた。山の斜面で視界は届かないが、麓の方から音がするのが分かる。
「少年、なんか変な音がするニャ、急ぐニャ!」
サラが駆け出す。風のように速い。
「了解!」
レイもすぐに走り出す。
(あまり聴力を強化しすぎると雑音が入りますね…指向性を持たせてもう少しクリアに聞こえるよう調整しましょう)
アルが言う。どうやら妙な対抗意識を燃やしているようだ。
サラの背がぐんぐん近づく。通常の脚力強化ではこの速さだと追いつけないはずだ。
(アル、今なにしてる?)
「至って普通の強化です」
しかし、それは嘘だ。アルは筋肉、神経、循環器、運動制御すべてに微調整を加えていた。ナノボットの数が増え、レイは無意識のうちに「走るための最適解」に近づいていた。
「ニャ、ニャんだと!」
サラが気配に気づき、さらに速度を上げる。
レイも負けじとスピードを上げ、ぐんぐん差を縮めていく。
(レイ、出力を五%上げました。これならサラさんに追いつけるはず。早く走ってください)
アルが冷静に促す。
「分かってるってば!」
息を整え、前方を見据える。後ろを見ると、フィオナが少し遅れながらも必死に追いかけてきていた。
何が起こるかは分からない。でも今、自分にできることを全力でやるしかない。
レイはサラを追いかけ、走り続けた。
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