第72話(火が着いたのは…)
お香に火をつけてから、半分と少し燃えた頃、言い争っている声が聞こえてきた。
「もう交代の時間だ!」
「まだだろう!」
フィオナとサラは顔を見合わせて、「やっぱり!」と、嬉しそうに声をそろえた。
こんなに思った通りに行動してくれるなんて、どれだけの素質を持っているのだろうと、レイも笑った。
フィオナは早速、お香を手に持って言い争っている人たちのところに向かった。
言い争っている者たちの周りに、他の冒険者たちも「何だ何だ」と集まり出してきた。
「おい、何を揉めている?」
フィオナが声をかけると、Cランクパーティのメンバーは驚いたように振り返る。
「もう交代の時間だと言ってるのに、こいつがまだだって言い張るからだよ!」
一人が憤慨して言った。
「俺たちはまだ一刻も経ってないって言ってるんです。やっと飯食い終わったところで、交代なんて早過ぎだって」
「ゆっくり食ってるからだろう?」
「はぁ? いくらなんでも言い過ぎだろう!」
「食事が遅いのはそっちの都合だろ。こっちは約束通り一刻で交代って言ってんだ!」
「そもそも“体感”で決めていいのか? そんなの曖昧すぎる!」
言い合いはだんだんと感情的になり、周囲の冒険者たちもざわめき始めた。
「おいおい、またかよ…」
「さっきも順番決めで揉めてたよな」
フィオナは冷静に、お香をリーダーらしき男に差し出した。
「これは精錬商会で売っているドリームリーフのお香だ。燃え尽きるまでの時間は、ちょうど鐘一つ分とされている。もしそれより早く燃えたら、代金は全額返すという保証つきだ」
周囲がざわめく中、フィオナは構わず続けた。
「見張りの開始と同時に、このお香に火をつけた。今、まだ半分と少ししか燃えていない。つまり、交代の時間には、まだ早いということになるな」
キッパリと言い切ったフィオナに、リーダーは顔をしかめながらも反論する。
「それってさ……俺たちが見張りに立ったあとで火をつけた可能性もあるだろ?そしたら、燃え尽きなくても当然じゃないか」
必死に食い下がる様子に、レイは呆れながら心の中でつぶやいた。
(もう、こいつの名前『C野郎』で良いかな)
フィオナは淡々と、けれど確信に満ちた口調で告げる。
「火をつける時、ガラハド殿にも立ち会ってもらっている」
その一言で、リーダーはぐっと言葉を詰まらせ、仲間たちも顔を見合わせて黙り込んだ。
静けさが戻った中で、フィオナは視線を皆に向ける。
「次からはこのお香を使って時間を計るといい。これで、もう無用な揉め事も起きないはずだ」
サラも後ろから補足する。
「そうニャ、これで正確に時間を計れるニャ」
レイは人だかりの後ろでその様子を見ながら、フィオナの行動に感心していた。
C野郎とその仲間たちは渋々と納得し、フィオナの手からお香を受け取った。
レイも人だかりに向かって声を張る。
「今日、夜間の見張りをする他のパーティも、良かったら使ってください!」
そう呼びかけて、お香を配って回った。
「ありがとう、これで正確に見張りの時間を測れるようになる!」
「これなら平等だな!」
皆が感謝の言葉を口にしてくれた。
(ええ、分かりますとも。ちゃんと時間が計れないと揉めるんですよね)
とレイは内心でつぶやく。
その後、どのパーティもお香が燃え尽きるまで夜間の見張りを行い、遂にレイたちの番となった。
「レイ殿、先ほどはありがとう。おかげで胸がスッとしたぞ」
フィオナが礼を言い、
「スカッとしたニャ!」
とサラも笑顔を見せる。
レイは「いやいや」と謙遜しつつも、(一番の功労者はC野郎だな)と、心の中で毒を吐いた。
ふと、以前『紅蓮フレイム』と一緒にダンジョンで野営した時に聞いた話を思い出し、二人にも共有することにした。
「確かにそれはあるな!」
「面白いニャ」
と、和やかな雰囲気になる。
そう言えばダンジョンの話をしていて思い出したことがあった。
アーマードセンチピードをどうやって倒したのか、まだ聞いていなかった。
レイがそのことを尋ねると、二人は不思議そうな顔をして顔を見合わせた。
「どうやっても何も、弓で部屋の外からダークモスを撃ち落とし、アーマードセンチピードが出て来たところをサラの剣で斬っただけだが?」
フィオナがそう答えた。
「そうか、遠距離武器で先にダークモスを撃ち落としておけば、あんなに苦労しなくて済んだのか…」
レイは素直に納得した。
その時、フィオナがふと思いついたように尋ねた。
「ところで、レイ殿は何故ソロなんだ?」
「いや、パーティの足枷になるというか、迷惑になるというか…」
レイは少し照れくさそうに言った。
「足枷どころか、ソロでアーマードセンチピードとダークモスを倒す腕があるならC、いやBランクでもおかしくないと思うのだが?」
フィオナが食い気味にそう言ってきた。
レイは驚いた表情でフィオナを見つめた。
「そんなに評価されるとは思わなかったです」
「そうニャ、レイはもっと自信を持って良いニャ。腕前は確かだし、仲間を助けるための行動も素晴らしいニャ」サラも頷いて褒めてくる。
「そうだ、レイ殿。これからは一人で戦うだけでなく、仲間と協力してもっと高みを目指してみたらどうだ?」
と提案した。
レイは少し考え込んだ後に頷いた。
「分かりました。これからはもっと自信を持ってやってみます!」
「そうニャ。フィオナもレイと一緒に行動するのを楽しみにしてるニャ!」
フィオナは「なっ」「なっ」と顔を赤くしていたが、サラが勝手に決めつけた言動に
ちょっと怒りを感じたんだろうとレイは納得した。
※※※
見張りの任を終え、次のパーティに交代を告げて持ち場を離れた後、フィオナは夜の空気の中で静かに息を吐いた。
しばらくの間、彼のことを思い返していた。
最初に出会ったのは、オークジェネラルに襲われた時だった。
あの状況下で命を救われ、その後も傷を完全に癒すために秘術まで用いてくれた。
どこか浮世離れした印象がありながら、確かに実力のある人間――そう思った。
けれど、その印象は、いい意味で次々と裏切られていくことになる。
深刻な話をしていたと思えば、急に家の玄関の構造について熱弁し出したり、遠出の話をしたかと思えば、
着替えすら詰められない小さな荷物で行こうとしたり。
思考の跳躍が常人の範疇ではなく、予測がつかない。
けれどそれが、不思議と嫌ではなかった。
今日もそうだった。
暴れ馬をあっさりと落ち着かせ、見張りの交代で揉める場面では、あっという間に解決策を提示した。
必要とあらば、さりげなくこちらの意図を汲んで力を貸してくれるし、それでいて偉ぶる様子もない。
気づけば、彼の行動や言葉に、こちらが翻弄され、笑わされ、考えさせられている。
そんな時間を重ねるうちに、自分がハーフエルフであるという意識すら、どこかに置き忘れてしまいそうになるほどだった。
(本当に、ギャップが激しい人だ……)
思わず口元がゆるむ。
レイに「これからは仲間と協力して、もっと高みを目指してみてはどうだ?」と提案した時、自分でも驚くほど言葉に照れが混じっていた。視線をうまく合わせられなかったのも、そのせいだろう。
レイはしばらく黙って考え込んだあと、真剣な眼差しで
「分かりました。これからはもっと自信を持って、やってみます」と答えた。
その言葉を聞いた瞬間、胸の奥にふっと灯るような感覚があった。
ほっとした、というのが一番近い。
けれど同時に、自分の言葉が彼にとって本当に意味のあるものだったのか、不安も残った。
思った以上に、彼の反応が気になっていた自分に気づく。
「フィオナも、レイと一緒に行動するのを楽しみにしてるニャ」
後ろから、サラの柔らかな声が届いた。
何でも見透かされているような気がして、思わず顔が熱くなる。
けれど、それを否定する気持ちは不思議となかった。
レイと共に行動することへの期待――その思いは、確かに自分の中に根を下ろしつつある。
目をそっと閉じる。
あの静かな頷きに、自分は何を見たのか。そしてこれから、自分はどうしたいのか。
答えはまだはっきりとはしていない。けれど、心の奥に灯った小さな火は、確かにそこにあった。
読んでくださり、ありがとうございます。
誤字報告も大変感謝です!
火が灯りました。やっとです。
ブックマーク・いいね・評価、励みになっております。
悪い評価⭐︎であっても正直に感じた気持ちを残していただけると、
今後の作品作りの参考になりますので、よろしくお願いいたします。