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第70話(一線級の冒険者の腕前)

出発前に馬が暴れるというハプニングがあったが、それ以外は順調に作業が進んでいる。

レイはフィオナと共に、今回のキャラバン隊の護衛リーダーを任されているスロットと打ち合わせをしていた。

スロットは精錬商会の専属護衛だという。


「では、我々はキャラバンの進行ルートを事前に確認し、休憩場所までの安全を確保する。危険があれば情報を提供するのが一つ」


「次にキャラバン隊と合流したら、その任務を別の冒険者グループに引き継ぎ、次の先行の順番が回ってくるまで、キャラバンの周囲を警戒する。で良いか?」

フィオナが復唱する。


「そうだ。それにキャンプ地での夜間警備も、冒険者グループで交代で行い、休息中のキャラバンを守るようにしてくれ。それと……他の冒険者といさかいを起こさないように気をつけてくれよ!」

スロットは特に念を押した。


フィオナは肩をすくめて言った。

「まぁ、途中参加の冒険者は、あまり歓迎されないのが普通だから、こんなものだろうな」


サラも言葉を添える。

「先行偵察の方が気が楽ニャ! 知らニャい冒険者に囲まれると鬱陶しいからニャ」


「リンハルトから来た冒険者もいるからな」

とフィオナが言う。レイにはその町がどこにあるのかも分からなかった。


スロットは二人のやり取りを聞きながら、(いや、そういうことを言いたかったんじゃないんだが……)と内心で頭を抱えていた。彼としては「女性冒険者に手を出してくる輩と揉めるな」という警告のつもりだったが、どうやら通じていないらしい。


その時、少し離れたところからリオの号令が響いた。


「これからファルコナーに向けて出発する!」


いよいよファルコナーに向けて出発である。

レイはなんとなくワクワクしていた。

一人でシルバーホルムに行くのとは違って、遠足に参加するような気分だった。


「私たちは、次の休憩まで周囲警戒だな」

とフィオナが言う。


セリンの近くだし、大街道に出るまではシルバーホルムに行く馬車も走っているだろう。何も起きないのが普通だ。


馬車は早足で、人が歩くには少し早いペースで移動する。

レイは「なるほど」と思った。このスピードなら、シルバーホルムに向かう馬車が一日かかるのも納得だ。

馬車って思ったより速くないんだなとレイは思った。


キャラバン隊は、大街道との合流地点まで、緩やかなペースで進んだ。

晴れ渡った空の下で鳥のさえずりを聞きながら、のどかな風景が広がる道を進むのは心地よかった。

トラブルもなく、穏やかな時間が流れていた。


レイは周囲を見渡しながら、心の中でアルに話しかけた。


(アル、この道ってこんなに長閑だったんだな)

(はい。レイはここを約時速三十キロで巡行していますからね)

(その時速三十キロって言うのがよく分かんないんだけど…)


(そうですね。レイが途中で休まずにシルバーホルムに行けば、鐘一つ分程度の時間で走り切れる速さで移動できるということです)


(そんなに早く走ってたのか!)


レイは目を見開いた。


(ここの馬も優秀だと思います。一日で八十キロ進むスタミナがあるそうですから)

(魔物と掛け合わせてるって聞いたよ。その魔物の馬はすごく早いしスタミナもあるらしい)


レイは荷馬車に繋がれた馬に視線を向ける。


レイはまだ知らなかったが、彼がこれから出会う運命的な魔物との縁が、静かに芽生えつつあった。

その魔物がどんな影響をもたらすのかは、まだ誰にも分からない。


──閑話休題。


「少年、そろそろ偵察に出かけるニャ!」

サラが腕を引っ張ってきた。


「イタタタっ、そんなに引っ張らなくても立ちますって」


そう言いながら、市場で買った肉串を葉野菜で巻いたレタス包みを口に放り込む。

強引に立たされると、レイはフィオナとサラと共に偵察に出発した。


二人とも偵察は得意なのだという。


かたや獣人で鼻や耳が効き、かたやハーフエルフで森の中が得意らしい。

というわけで、二人の偵察を見せてもらうことになった。

いわゆるベテラン冒険者から教えてもらう現場実習である。


まずサラが、鼻をクンクンと動かし、周囲の匂いを嗅ぎ取り始めた。


「この辺りに人や魔物の気配はないニャ」


さらに耳をすます。

サラの耳がピクピクと動き、遠くの物音や足音を聞き取っている。


サラさん、すみません。そのやり方は普通の人には適さないと思います。


(レイ、聴覚強化と嗅覚強化を使いますか?)


すかさず問いかけてくるあたり、完全に乗り気らしい。


(いや、今はやめとくよ。まるで普通の人間じゃないみたいじゃないか?)


(多分、今のレイは普通の人間の範囲を超えていると思います)


レイは思わず苦笑した。

たしかにそうだ。アルの感覚支援をフルに使えば、サラのやっている探索技術も、あっという間に真似できる気がする。足音の反響から地形を読み、微かなにおいの違いを拾って魔物の種類を当てる……理屈では可能だ。

でもそれは、ずるい気がした。というか、反則だ。


魔力の力を借りて物事を効率化するのは冒険者として当然だとしても、あくまで自分の身体で覚えたい、という意地がレイの中にまだ残っている。


いや、意地というより――未練、かもしれない。

かつて夢見た「普通の人間」のままで、どこまで行けるか試してみたいという。


それでも、いざという時は使う。迷わずに。だからこそ、今は保留。アルの力は切り札だ。


レイは静かに息をつき、目の前のサラを見た。

サラが見ているのは地形でも足跡でもない。その背に背負ってきた経験そのものだ。


(……すごいよ、サラさん)


ただ、だからといって自分に出来ないとは思わない。

できるかどうかは、これから試せばいい。


レイは荷物のバランスを直しながら、気楽そうな顔を装った。


しばらく歩いた後、今度はフィオナが偵察の方法を見せてくれた。

彼女は目を細めて、周囲の木々や草むらを観察している。風の動きや葉の揺れを注意深く見ているようだった。


「森の中では、風と植物の動きが重要な情報をくれるのだ」


フィオナが静かに説明する。


「例えば、風が止まっているのに木の枝が揺れるなら、それは何かが動いている証拠。動物かもしれないし、敵かもしれない」


彼女は軽やかな足取りで、ほとんど音を立てずに木々の間を移動した。

足はすっかり良くなっているようで、何よりだ。


フィオナがしばらく進んだ後、手を挙げて合図を送ってきた。

指を唇に当て、もう一方の手で森の奥を指差す。何かいるようだ。


レイも目を凝らした。

森の中に溶け込むように、魔物が身を潜めていた。

深緑色の毛皮は木々の影と一体化し、よほど注意深く見なければ見逃してしまいそうだ。


フィオナは小声で言った。


「フォレストストーカー、Cランクの魔物だ。森の中でのカモフラージュ能力は抜群だが、見つけられれば対処は可能だ」


魔物は鋭い目で周囲を観察し、大きな耳をぴくぴく動かしている。

フィオナは弓を構え、矢を一本取り出して静かに引き絞った。


一瞬の静寂が訪れたその刹那、弓の弦が放たれ、矢が風を切って飛ぶ。

フォレストストーカーが反応する間もなく、矢はその側頭部を正確に射抜いた。


魔物は一瞬体を硬直させ、次の瞬間には地面に倒れ込んだ。


フィオナは弓を下ろして言う。


「フォレストストーカーは、獲物を狙って待ち伏せする習性があるんだ。昼間でも活動的だから、場合によってはキャラバン隊の前に出てきてもおかしくはない」


サラも感心した様子で頷いた。


「フィオナの弓の腕は見事ニャ。これで肉をゲットだニャ」


えっと、どこに感心したんですか? サラさん。

だがレイの心は、別の意味で素直に感心していた。


あの距離で、一発。しかも迷いなく仕留める速さと正確さ――。

ただの練習じゃ、あの腕前には到底届かない。

場数を踏んで、恐怖や迷いと折り合いをつけてきた者だけが持つ動きだった。


(……すごいな、フィオナさんも)


森に溶け込む魔物を一瞬で見抜き、ためらいもなく討ち取る姿は、どこか神聖にすら見えた。


理屈では理解していたはずの「冒険者の凄さ」が、いま目の前で現実として突きつけられる。

さっきのサラの五感に続いて、今度はフィオナの直感と決断。


これが一線級の冒険者か、とレイは圧倒される思いで見ていた。


(いつか、俺もああなれるかな)


そう願うように、レイは二人の背を追いかけて歩き出した。

読んでくださり、ありがとうございます。

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