第69話(世間は猫の額より狭い)
レイは宿屋の爺さんに別れを告げ、西門を目指して歩き出した。
爺さんは相変わらず、「ん」とだけ返してきた。
毎度のこととはいえ、ちゃんと伝わってるのかどうか、たまに心配になる。
途中の市場で数日分の食料を買い、道の反対側にある商業ギルドの前で立ち止まる。
しばらく待っていると、遠くからフィオナとサラが並んで歩いてくるのが見えた。
通り過ぎる人々の視線が次々と二人に向く。みんな、自然と道を空けていく。まるで見えない力で押しのけられているかのようだった。
(……なんでみんな避けるんだ? 近寄りがたいオーラでもあるのかな? やっぱりCランクの冒険者って、一般人とは何か違うのかも)
レイは、呑気にそんなことを考えていた。
「おはようございます。フィオナさん、サラさん」
レイは二人の美しさや存在感にさほど気づかず、ただいつものように挨拶した。
「おはよう、レイ殿」
「少年、おはようニャ!」
挨拶を交わすと、レイは自然な流れで尋ねた。
「この後、商会の人を探すんですよね?」
フィオナがにっこり笑って答える。
「まぁそうなんだが、昨日のうちに、その商会の代表と挨拶を兼ねて打ち合わせをしたんだ」
「あ、そうなんですね。……言ってくれれば、オレも行きましたよ」
思わず少し不満がこもるレイに、フィオナはすまなそうに眉を下げる。
「すまん。ギルドに行ったら、ちょうど向こうも来ていてな。あれは、さすがに予定外だった」
まあ、バッタリ出くわしてしまったのなら仕方がない。打ち合わせの場に同席することにこだわるほどの話でもない、とレイは心の中で納得した。
「清廉商会は、青地に白い鳩が飛んでいるマークを幌につけているから、その馬車を探してくれ」
フィオナの説明にうなずき、レイは周囲に視線を走らせた。西門の前は荷馬車でごった返し、荷物の積み下ろしや商人たちの声が飛び交っている。
(青地に白い鳩……って言ってたよな)
幌の模様や旗印を一つひとつ確認しながら歩いていると、ふいに見覚えのある人物が目に入った。
「ガラハドさん!」
レイは思わず声を張り上げた。荷馬車の横に立っていた大柄な男がこちらに気づき、にこやかに手を振る。
「やぁ、レイ君じゃないか」
「えっと、三週間ぶりくらいですか?」
「そうだね。街道が封鎖されてから、それくらい経つだろうね〜」
ガラハドは懐かしそうに目を細め、ゆっくりとこちらに歩み寄る。その大きな体と安定感のある歩みが、まるで安心感を振りまいているようだった。
「今日は、清廉商会の護衛として雇われたんですが……」
少し自信なさげに言うレイに、ガラハドは目を見開き、嬉しそうに頷いた。
「おお、そうなのかい。それは心強いな。実は私も、今回は清廉商会とキャラバンを組ませてもらってるんだ」
「じゃあ、ご一緒できますね」
「うんうん。君のような凄腕がいてくれると、こっちも安心して旅ができるよ〜」
「いやいや……そんな、オレなんかまだまだです」
レイは苦笑しながら、照れくさそうに頭をかいた。ガラハドの大げさな褒め言葉も、悪意がないのが分かるから素直にうれしかった。
そのとき、少し離れたところからフィオナが手を上げて呼んでいる。
「レイ殿、こっちだ!」
隣には落ち着いた雰囲気の中年男性が立っていた。上等な旅装に身を包み、背筋の伸びたその姿は、ただ者ではない印象を放っている。
「ああ、あの方が商会の代表ですね。行きましょうか」
「うん。紹介するよ」
ガラハドはそう言ってレイと並び、フィオナの元へ歩き出す。頼れる背中に、レイの胸は少し軽くなる。
「リオさん、こちらはレイ君です。頼りになる冒険者で、今回の護衛に加わってくれます」
「レイ君、こちらはリオ・ハーグさん。清廉商会の番頭さんだよ」
リオはにこやかに手を差し出し、レイもその手をしっかり握り返す。
「初めまして、リオさん。Dランク冒険者のレイと申します。よろしくお願いします」
「初めまして、レイ君。清廉商会のリオ・ハーグです。こちらこそ、よろしく頼むよ」
近くにいたフィオナが驚いた様子で声を上げる。
「レイ殿は、ガラハド殿と知り合いなのか?」
「はい。ドゥームウッドの森でオークが出た時に、偶然ガラハドさんの荷馬車と出くわして、そのオークを運んでもらったことがありまして」
レイが少し照れながら言うと、ガラハドも頷いて付け加えた。
「あの時はこちらも助かったよ。レイ君のおかげで無事に森を抜けられたようなもんだからね」
「なるほど、そんなことがあったとは。世間は狭いものだな」
フィオナは感心したように言った。
「フィオナさんも、ガラハドさんと知り合いなんですか?」
「何度か仕事でご一緒したことがある。ガラハド殿は信頼できる商人だからな」
フィオナが言うと、ガラハドも笑顔で応じた。
「フィオナさんには何度も助けられている。今回もキャラバンを任せられるのは心強い。それに相変わらず美しい。見ているだけで士気が高まるよ」
「世間は猫の額より狭いのニャ!」
サラがそう騒ぎ、街のざわめきの中にも、どこか平和な空気が流れた。
だがその時、キャラバンの一部が急に騒がしくなった。
ガシャ!
「ヒヒィィィン!」
大きな音とともに、積荷が「ガシャーン!」と崩れ落ち、荷台から地面へ落下した。
驚いた馬たちが「ヒヒーン!」と鳴き、暴れ出す。
二台の馬車を引く馬は左右に暴れ、完全に制御不能だ。
「おいっ!馬が暴走してる!」
「なんてこった!」
リオは目を見開き、慌てて駆けていく。
周囲も騒然となり、人々が次々と逃げ出す。
「早く止めないと!」
フィオナが走り出す。
レイもすぐにその後を追う。
サラは反対側から馬の前に回り込むように飛び出した。
(レイ、馬を止めるために馬に触ってください。ナノボットを送り込み馬を鎮静化させます)
(出来るの?)
(送り込むだけなので、少し触れるだけで充分です)
(了解、やってみる)
そのやり取りの間にも、ガラハドが駆け寄る。
「レイ君、気をつけて!蹴られないように回り込んで!」
頷いたレイは、右側の馬へ向かった。
フィオナは左側に回り、手を振って馬の注意を逸らそうとする。
「落ち着け、大丈夫だから!」
馬は引きちぎれそうなほど左右に暴れていた。
レイは一頭の手綱を掴み、背に手を置く。
掌からナノボットが馬の体内へと移動する。
(よし、成功だ!)
フィオナも左側の馬に近づき、手綱を引き寄せて落ち着かせようとする。
レイもその馬に軽く触れ、同じようにナノボットを送り込んだ。
徐々に二頭の馬は落ち着きを取り戻していく。
もう一方の馬車を見ると、サラが馬の背に跨り制御していた。
(すごいな、サラさん。あの人も大概反則だな……)
そこにアルの声が聞こえた。
(馬が鎮まったようなので、馬を撫でるふりをしてください。それでナノボットを回収します)
レイは右の馬の首を優しく撫でた。
「よしよし、大丈夫だよ。もう怖くないからね」
馬はレイの声に安心したように鼻を鳴らす。
(回収完了です。もう一頭の馬も撫でてください)
左の馬にも近づき、同じように撫でる。
「お前もよく頑張ったね。もう大丈夫だから…」
馬は静かに呼吸を整え、落ち着きを取り戻した。
(レイ、終わりました)
(はいよ。アル、ありがとう)
駆け足でフィオナがやってきた。
目を輝かせ、声を上げる。
「すごいな、レイ殿!」
「へっ?」
「暴れた馬を、あんな一瞬で大人しくさせてしまうとは……!」
(そんなすごいことなのか?)
馬の扱いには詳しくないレイは、小さく首を傾げた。
ガラハドも笑顔で駆け寄る。
「レイ君やフィオナさん、サラさんがいて本当に助かったよ。見事だった」
「いや〜、素晴らしい」
今度はリオも礼を言う。
「君たちがいなかったら、大変なことになっていたよ」
「いえ、大事に至らなくてよかったです」
レイは少し照れながら答えた。
「で、結局何が原因だったんですか?」
問いかけると、リオが肩をすくめて説明する。
「人夫の中にドリームリーフの匂いが苦手なヤツがいてね。
そいつが、そのお香を持ったまま荷台に上がろうとして……
クシャミをした拍子に、持ってた箱を馬の目の前に落としちゃってさ。
そりゃ馬も驚いて暴れるよ」
「まったく……」と誰かがぼやいた。
「ともかく、被害がそれだけで済んで本当に助かった。ありがとう、レイ君」
またも頭を下げられ、レイは少し戸惑った。
(アル、そんなにすごいことをした覚えはないんだけど、なんでこんなに感謝されるんだ?)
レイは首をかしげながら感謝の視線を受け止める。
(暴れ出した馬に不用意に近づくと蹴られて大怪我をしますからね)
(えぇっ!? そんな危ない仕事だったの?)
自分がしたことの危険さにようやく気づき、レイは目を見開いたのだった。
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