第68話(焦りと苛立ち)
sideセリア&リリー
セリアとリリーは手掛かりが途絶えたため、リリーの自宅に戻り、もう一度洗い直しをすることにした。
「リリ姉に聞きたいことがあったんだけど、いいかな?」
セリアがそう切り出すと、リリーは微笑んで答えた。
「ええ、なあに?」
「ここに来る少し前なんだけど、キャラバン隊の護衛をしながらファルコナーに来たの。
そこで、ファルコナーのすぐ近くの山の麓の林から、魔物が一列になって襲ってきたの」
「え?」
リリーはきょとんとした表情を浮かべた。
「魔物が、一列に揃った状態で襲ってきたの。ゴブリン、コボルト、オークの混成部隊で!」
「何それ、あり得ないでしょう!」
「そう、あり得ない魔物の襲撃だったの。
だから、ここに来る前にファルコナーの冒険者ギルドに寄って、報告してきたんだけど…」
「だけど?」
リリーは身を乗り出すように、さらに聞き入った。
「今回の件と関わりがあるのか分からないの。ただ、偶然にしては、同時期に起きすぎているの!」
「確かにそうね。偶然として片付けるにはおかしいわね」
「それで、薬師としての見解が聞きたいんだけど…魔物を操るような薬とか魔法って、あるの?」
セリアの問いに、リリーは眉をひそめて考え込み始めた。
「うーん……。ミスティマッシュルームに……ムーンリリーの催眠誘導剤……それから、ダークモスの鱗粉……」
しばらく黙考していたリリーが、ハッとしたように顔を上げる。
「操れるかは分からないけど、そんな高度な毒物を組み合わせて、魔物を操ったりする薬を作れる人なんて、
そうは居ないわ。この事件、三年前の混合毒物と絶対繋がってる!」
「でも、まだ薬が使われたと判明したわけじゃないのよ。未知の魔法の可能性もある」
セリアはそっとリリーの手を取り、やさしく言葉を重ねた。
「焦らないで、落ち着いて。リリ姉」
リリーはセリアの手の温かさを感じ、少しずつ表情を和らげていく。
「リリ姉、焦ってもしょうがないわ。とりあえず落ち着きましょうよ。
最近のファルコナーの美味しいものの話が聞きたいな」
セリアの明るい声に、リリーも肩の力を抜いた。
「そうね。ちょっと息抜きが必要かもしれないわ。じゃあ、私のとっておきの情報を教えてあげる」
「うん、教えて!」
「この港の近くに『シルバーシェル』っていうレストランが、今年オープンしたの。
そこのグリルフィッシュがね、絶妙な火加減でグリルされていて、外はカリッと香ばしく、中はふっくら
ジューシーなの。
魚本来の旨味がしっかり引き立ってるのよ。オランゲとハーブのソースがかかっていて、それがまた最高に
マッチするの」
「何それ、美味しそう!リリ姉、私、そこに行ってみた~い!」
セリアはぱっと顔を輝かせた。
「それから、新しいデザートもおすすめよ。今年の流行はフルーツパイなの。
いくつか出してるお店があるんだけど、特に『フルーツガーデン』のパイは絶品よ」
「デザートも楽しみね」
セリアが嬉しそうに応じると、リリーも微笑んだ。
「こうやって食べ物の話をしていると、少し気が楽になるわね」
「そうよ、リリ姉。まずはリラックスして、冷静に考えましょう」
セリアはやさしく、もう一度そう言った。
※※※
side ドクター・クラウス
ガシャーン。
床に陶器の瓶がぶつかり、中の液体が床にばら撒かれる。
「何故だ〜、なぜ人だと操作できない!」
ドクター・クラウスは喚き散らし、怒りに満ちた目で目の前の男を睨んだ。
部屋には虚ろな目をした男が、椅子に縛られたまま座っている。
口元はわずかに動き、うわ言のように呟いていた。
「なんで〜?」
「どうして〜?」
「なんでそんなことするの〜?」
「魔物も言うことを聞くものと聞かないものがいます。その違いなのでは?」
助手らしき男が、ドクターを宥めるように口を開いた。
「えーい、うるさいうるさいうるさい! そんなことは分かっておる!
人間だって動物であろうが、何故効かぬのだっ!」
クラウスは机に置いてある書類を薙ぎ払い、苛立ちを隠せない様子だった。
溢れた液体の上に紙が散らかり、紙がじわじわと液体を吸い上げていく。
「どうして…どうしてだ…」
クラウスは拳を握りしめ、深く息を吐いた。
「この薬が完璧ならば、ファルコナーのすべてを支配できるというのに…」
「ドクター、冷静になってください」
助手は落ち着いた声で言った。
「解決策を見つけるためには、冷静さが必要です」
「ふん、そんなこと言われなくても分かっておるわ!」
苛立ちながらも、クラウスは助手の言葉に耳を傾けた。
「何が足りないのか…どこが間違っているのか…」
「成分のバランスかもしれません」
助手は床から書類の一部を拾い上げ、慎重に読み始める。
「例えば、スティンガーネットから抽出した神経毒素の濃度が高すぎるかもしれません。
もしくは、ミスティマッシュルームの幻覚成分が強すぎるのか…」
「違う、そうじゃない!」
クラウスは助手の言葉を遮り、怒りを込めて叫んだ。
「そんな単純な問題じゃない! 成分のバランスが問題ではないんだ!」
助手は驚きながらも、冷静を保とうとする。
「では、どこが問題なのでしょうか?」
クラウスは黙り込み、深い思索に沈んだ。
その目は、床に散らばった書類をじっと見つめている。
「……人間の精神構造か?」
独り言のようにクラウスが呟く。
「それとも…何か根本的に違う要素があるのか…」
助手はそれ以上何も言わず、静かにクラウスを見守った。
クラウスは再び机に戻り、散らばった書類を拾い上げ、一つひとつを慎重に読み始める。
「スティンガーネットの神経毒素…ミスティマッシュルームの幻覚成分…」
彼の独り言は続く。
「ムーンリリーの催眠誘導剤…シャドウブロッサムのアドレナリン抑制剤…」
その言葉は、まるで無数のパズルのピースを組み合わせるかのようだった。
「ドクター、何か見つけましたか?」
助手が静かに尋ねる。
クラウスは一瞬だけ顔を上げ、助手を見つめた。
「分からん……しかし、何かが足りないのだ……」
「続けましょう。必ず解決策が見つかります。なにしろ、薬草は魔物が勝手に集めてくれるのですから」
「……ああ」
クラウスは生返事をしながら、再び資料に目を落とした。
「次は被験体も取って来させます。ドクターは思う存分、研究に励んでください」
助手は励ますように言った。
だが、その言葉はクラウスの耳には届いていなかった。
彼は再び黙り込み、深い思索の中で資料に目を通し続けていた。
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夏休み中の書き溜めでストック数100話を超えてしまったの大放出します。