第65話(黒いローブの男)
Side リリー
リリーは、ケイルに取引記録を渡してきたという男に会わせてほしいと頼んだ。
ケイルは最初こそ反論しようとしたが、リリーの真剣な眼差しに押され、ため息をついた。
「……わかった、紹介してやるよ。でも、あんたを信じたわけじゃないからな」
数日後。リリーはケイルの案内で、その男と会うことになった。
指定された場所は、町の中央付近にある高級宿屋のロビーだった。
「ここに来るはずだ」
ケイルはそう言って、リリーと一緒にロビーで待った。
(偽造の取引記録を渡してきた相手としては、場違いな場所ね……)
リリーはそう思ったが、口には出さず静かに周囲を見渡す。
すると、ソファの背後から一人の男が現れた。黒いローブを身にまとい、フードを深く被って顔を隠している。
「君が……私を呼び出した女性で合っているか?」
低く抑えた声で、男はリリーに問いかけた。
「そうです」
リリーは立ち上がり、毅然とした態度で答えた。
「あなたが、ケイルに取引記録を渡したんですね?」
「そうだ」
男は短く答えると、リリーに向かって一枚の紙を差し出した。
手に握られていたのは、新たな取引記録だった。
リリーはそれを受け取り、中身に目を通す。
(……内容は前とほぼ同じ。でも、きっとどこかに矛盾がある)
彼女は紙の隅々まで、目を皿のようにして観察した。
「この記録、どこで手に入れたんですか?」
「私は、過去の事件に関わった人間にこれを渡せと依頼されただけだ」
男の声は冷たい。
「先に言っておくが、誰が依頼したかは言えないし、言うつもりもない」
「でも、私たちは無実を証明するために、偽造された証拠の出所を突き止めなければならないの!」
リリーは焦りを抑えつつも、強く訴えた。
しばしの沈黙の後、男は静かに言った。
「それが偽造されたものなのかどうか……私は知らない。ただ、依頼の内容は一つだけ。
“過去の事件に関わった者に記録を渡す”ということだけだ」
そう言って、男は隣にいるケイルの方を見た。
「君も過去の事件の関係者だと、彼から聞いた。だから、その取引記録は君に渡そう」
ケイルはビクッと肩を震わせ、視線を逸らした。
「……じゃあな。その紙は好きに使え」
男は踵を返して歩き去っていった。
「待って!」
リリーは声を上げ、男を追いかけた。
だが――
黒いローブの男は宿屋の角を右に曲がり、北に伸びる街道に続く道を左に折れた瞬間、忽然と姿を消した。
「……どこへ?」
リリーは足を止め、辺りをキョロキョロと見回す。
(おかしい。角を曲がってから、まだ数秒しか経っていないのに……)
(あの男、いったい何者なの?)
リリーは深く息を吸い込み、考えを巡らせた。
(誰かが、昔の事件に関わった人間を対象に、無差別に取引記録をばら撒いてる? 何のために?)
ケイルも困惑していた。
「で、どうするんだ? あんた」
「まずは、この記録の矛盾を突き止める。そして……依頼主が誰なのか、必ず探り出すわ」
リリーはまっすぐ前を見据えて言った。
「これ以上、私たちの名誉を傷つけることは許せない」
そう言うとリリーはケイルに背を向けた。
「絶対に証拠を掴んで、あなたを納得させてみせる!」
そして、力強く踵を返した。
※※※
リリーの家は、教会前の通りを南に下った先にある、青い屋根の店舗兼住宅だ。
通りの反対側には賑やかな市場が広がっており、人々の活気が溢れている。
店の入り口には手作りの木製看板が掲げられ、隣には小さな薬草畑。
色とりどりの薬草が風にそよぎ、香りが微かに漂っていた。
その店の前で、懐かしい顔が待っていた。
「セリア!」
リリーは思わず声を上げた。
「リリ姉!」
セリアも笑顔で応えた。
二人は駆け寄り、抱きしめ合う。
パーティを解散してから三年が経っていたが、その友情はまるで昨日の続きのようだった。
「元気だったの?」
「うん。リリ姉は?」
「もちろん。毎日忙しいけど、充実してるわ。でも……こうして会えて本当に嬉しい」
リリーは涙を浮かべてセリアの手を握った。
「私もだよ、リリ姉。手紙をもらった時はすごく心配だったの。だから、こうして会えただけで、もう十分だよ」
「とりあえず中に入りましょう。お茶を淹れるわ。話したいこと、山ほどあるの」
リリーはセリアの手を引っ張って家の中へと招いた。
その強引さは昔と変わらず、セリアは微笑ましく思った。
リビングはキッチンと一体になった居住空間で、柔らかいクッションのソファと木のテーブルが落ち着いた雰囲気を演出していた。
壁には冒険で手に入れた珍しい品々が飾られ、どこか温もりのある空間だった。
ただし――リリー愛用の大鎌が、堂々とハーブラック代わりに使われているのには、思わず笑みがこぼれるかもしれない。
「座ってて。すぐお茶を淹れるから」
リリーはキッチンへ向かい、お湯を沸かし始めた。
セリアはソファに腰掛け、部屋を見回して微笑む。
「リリ姉、本当に変わらないね。この家も、とても素敵」
「ありがとう、セリア。ここでの生活はとても充実してたんだけど……今はちょっと、別の意味で忙しくなっちゃったわね」
やがて湯が沸く音が聞こえ、リリーはティーポットに茶葉を入れ、お湯を注いだ。
「この大鎌、懐かしいわね」
セリアはモーサイスを見て、くすっと笑い出した。
「覚えてる? あの大鎌をガイルが最初に見たとき、『そんな大きな武器で大丈夫なのか?』って心配してたのに、次の日には魔物を一掃したリリ姉を見て、『一番いいものだった』って、一人で笑ってたの!」
「あったあった。あの後、ガイルったら一人で思い出し笑いしてて、全然使い物にならなかったわよね」
「その後も、ずっとブツブツ言いながら一人で笑ってたの、忘れられないよ」
二人は顔を見合わせ、声を上げて笑った。
「何がそんなにツボだったのか、今でも謎だけどね」
リリーはお茶を手に、温かい笑みを浮かべた。
ガイルに何がブッ刺さったのか、知る人は少ない…
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