第63話(初護衛依頼)
次の日、レイが替えの服と下着、数日分の食料を買って宿に戻ると、フィオナとサラが
宿屋の爺さんと話していた。
「ここにレイという冒険者が泊まってると思うんだが?」
爺さんは「ん。」と言って首を縦に振った。
「どこに行ったか分かるだろうかニャ?」
サラが尋ねると、爺さんは「ん?」と首を横に振る。
「その爺さん、何を言っても『ん』しか返さないから、無駄ですよ」
後ろからレイが声をかけると、案の定、爺さんは「ん。」と頷いた。
「おお、レイ殿、良かった。昨日の夕方にセリンに戻って来たんだが、
ファルコナーへの出発日を決めようと思っていたんだ」
フィオナが微笑みながら言う。
「お、少年、良いところで戻ったニャ。話が通じなくて困ってたのニャ!」
サラが肩をすくめて困ったような顔をする。
「俺もお二人がそろそろ戻ってくる頃だと思って、いろいろ準備してました」
レイは買ってきた荷物を軽く持ち上げて見せた。
「ちょっと待っててください。荷物を置いてきます」
レイは部屋に駆け上がり、買ってきた品々を素早くバックパックに詰め込んだ。
まだまだ余裕はあるが、アル曰く「スマートなんちゃら」と「スキンなんちゃら」のおかげで
防寒具も風呂も最小限で済むらしい。
(レイ、それは『なんちゃら』ではなくスマートフィードバックシステムと
スキンナノリニューアルシステムですね)
(なぁアル、買う時に言ってた体裁ってなんだよ。防寒用マントも要らないんだったら、買わなければ
安く済んだんじゃないか?)
(レイは、寒空の下で誰かと一緒に野宿するとして、相手がマントを羽織っていなかったらどう思います?)
(そうねぇ、気になって聞くかもな。「マント無いのか?」って)
(そうです。なので誰かと行動するなら、ある程度は体裁が必要です)
(分かった。そういうことね)
レイは荷物をベッドの下に隠し、部屋の鍵をかけて再びフィオナたちのもとへ戻った。
「お待たせしました」
「では、ここで話すのもなんだし、ギルドに行こう」
フィオナが提案する。
「了解です」
「了解ニャ」
レイとサラが頷いた。
ギルドの酒場に着くと、三人はテーブルに座って果実水を注文した。
けれど、レイはどこかぎこちなく受付の方を気にしていた。
「どうしたのだ? 受付が気になるのか?」
フィオナが心配そうに尋ねる。
「あっ、いや、何も。ただ……ギルドの酒場って、まだ一回も利用したことがなくて。今日が初めてなんです」
「それは珍しいニャ!」
「ソロですしね」
と、レイは肩をすくめた。
「なるほど」
と二人は納得したように頷く。そして、しばらくして、やっと本題に入る。
「で、私としては商隊の護衛として雇われていくのが良いと思うんだが……」
フィオナがやや歯切れ悪く切り出した。
「何か気になることがあるんですか?」
「Eランク冒険者だと、護衛依頼が受けられないから、雑用係に回されるというか……何というか……」
「ん? オレのことを、心配してくれてたんですか? すみません。今は昇格して、Dランクです」
「何っ!?」
フィオナが素っ頓狂な声を上げる。
「本当なのかニャ……あ、本当ニャ! ランク票が新しくなってるニャ!」
サラがレイのランク票を覗き込んでいた。
「それを気にしていたんですね。すみません」
とレイは恐縮する。
「いやいや、ランクアップおめでとう。いつDランクに上がったのだ?」
「例のオーク討伐の後ですね」
「そうだったのか。いや、Dランク昇格おめでとう。なら、安心して護衛依頼を受けられるな」
「はい、そうですね。……実は、ちょうどよかったんです」
レイは、少し言いづらそうに前置きしてから続けた。
「ギルドのバランさんに言われてたんですよ。『ダンジョン基礎講習の強制参加か、ベテラン冒険者と組め。
単独行動は禁止!』って」
「おお……言いそうニャ、あの人」
サラが呆れたように笑った。
「でも、なぜそんなキツいこと言われたんだ? バラン殿がそこまで言うのは、何か相当な
やらかしがあったのかと思うが……」
フィオナが訝しむ。
レイは視線を落とし、少しだけ沈黙してから答えた。
「……実は、ダンジョンに荷車ごと入っちゃいまして」
「……は?」
フィオナの眉がぴくりと跳ねた。
「狩った魔物を積んでたんです。せっかく倒したのに、その場に置いて帰るのがもったいなくて……」
「荷車を……引いて……ダンジョンの中を?」
「はい……」
「何人パーティで?」
「いえ、ソロです」
「なっ、ソロで?」
「そりゃ怒られるニャ。そんなの、魔物のおやつニャ!」
サラが肩を抱えて笑いながら言う。
「バランさん、かなり真顔でした。『命は戻らねぇ』って言われました」
「当然だ。よく無事で帰ってきたな……。いや、ほんと、それで済んでよかったぞ」
フィオナは呆れと同時に、心から安堵したように言った。
「それで……もしお二人に同行できるなら、条件クリアになるかなって思って」
レイは少し遠慮がちに付け加えた。
「もちろんだ。私たちも、君のような治癒師が一緒なら助かる。互いにとって都合が良いなら、
それに越したことはないだろう?」
「それニャ! レイが来るなら、護衛の訓練にもなるし一石二鳥ニャ!」
「ありがとうございます」
レイは、心から安堵したように頭を下げた。
「初の護衛依頼になるかもしれません」
やや緊張した様子で言う。
「ああ、そうか。では、護衛のやり方は私たちで教えよう、ダンジョンの攻略法とかも一緒にな」
「そうニャ! 泥舟に乗ったつもりで安心するニャ!」
「ん? サラさん。それってなんか変ですよ?」
「ニャ? 大舟だったかニャ?」
とサラが頭をかいた。
「それ、間違えてる時点で心配なんですが?」
レイは吹き出した。
「実技は得意なのニャ。レイのような失敗はしないのニャ、だからCランクなのニャ!」
と言いながら、サラは自慢げにランク票をレイの目の前にかざす。
「大変失礼しました。ぜひご教授をお願いします」
と、レイは大袈裟に頭を下げた。
「ふふんなのニャ」とサラはふんぞり返った。
フィオナも笑いながら立ち上がる。
「では、話は決まりだな。ファルコナーへの護衛依頼を確認してこよう」
その声に、レイとサラも立ち上がった。
「ファルコナーまでの道中、護衛の実地訓練も兼ねていろいろ教えよう。どうせ時間もある」
「道中で仕事もこなせるニャ。一石三鳥ニャ」
こうして三人は、護衛依頼の準備を進めながら、ファルコナー行きの話を具体化させていった。
レイにとって、それは初めての護衛任務であり、そして「誰かと共に行く旅」の始まりでもあった。
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