第58話(普通じゃない冒険者)
レイは元気よく声をかけた。
「バランさん、戻りました。戦利品いっぱいあります!」
バランは研いでいたナイフを止め、振り返った。
「おう、レイか。荷車は役に立ったか?」
「はい。それはもう!」
レイは親指を立てて答えた。
「よし、早速見せてみろ。」
バランが歩き出す。レイも後ろからついていくが、突然バランが立ち止まり、鼻をぶつけた。
「痛っ!」
「何じゃこりゃーっ!」
バランの声がギルド内に響く。
「何って、戦利品ですよ!」
レイは無邪気に答え、荷車を揺らした。
バランは眉間に皺を寄せ、荷車を凝視する。
「お前、一人でどうやってこんなに集めたんだ?」
次の瞬間、バランの顔がこわばる。
「……ちょっと待てよ。レイ、お前まさか、この荷車をダンジョンの中まで持ち込んだのか?」
真剣な目で問い詰められても、レイは平然と頷いた。
「はい。引いて入りました」
「はぁ!? じゃあ、そのまま中を移動して、また引いて出てきたってのか?」
「そうなりますね」
レイはまるで当たり前のことのように言う。
「おい、本当にちゃんと説明してくれ。どうやって魔物をこんなに載せたまま、無事に戻ってこれたんだ?」
「普通に引いて、戻ってきました」
その一言で、バランは頭を抱え込む。
「……レイ。お前な、魔物の死体を大量に運んでたら、普通はスライムとかキラーアントとか、ダークモスまで群がってくるんだよ。匂いでな」
「へえ、そうなんですね……」
レイは本気で感心したように頷く。
「だから普通の冒険者は、毛皮だけ剥いで持ち帰るとか、素材をその場で加工して軽くして運ぶんだ」
「なるほど……」
「あと、荷車はダンジョンの外に置いとくもんだ。中に入るときは最低でも誰か一人見張りを付けるのが常識だろ!」
「え、そうなんですか?」
「……お前が“普通じゃない”ってことだけは、よーく分かったよ」
バランはため息をつき、肩をすくめる。
「それ、酷くないですか……?」
レイは頬を膨らませて不満げに返す。
「だってなぁ……お前、ホントにどうやって魔物からそれを守ったんだよ?」
バランが荷車を指差して訊くと、レイはとぼけたように言った。
「魔物のお腹がいっぱいだったんじゃないですか?」
「そんなことあるか!」
バランは叫びながら頭を抱える。
(レイ、倒したラージラットは二十体ですが、持ち帰った魔物は八体です。それと、ダークモスは鱗粉のみ、ポイズンスパイダーは大型一匹の頭のみです。まともに持ち帰ったのはアーマードセンチピードだけで、残りは全部ダンジョン内に捨ててきました)
アルの冷静な声が、レイの脳内に響く。
(それって、やばい?)
(さぁ、分かりません。ただ……今になって思えば、あの夜中にダークモスが襲ってきたの、もしかすると荷車の匂いに釣られたのかもしれませんね)
(マジかよ……)
レイは思わずうめいた。
「バランさん、荷車に乗り切らなかった魔物とか結構あったんです。それを全部、ダンジョン内に捨ててきたんです。それが原因かな〜……なんちゃって」
バランは沈黙し、じっとレイを見つめる。
「それ、本当か? どうも信じがたいんだが……」
「いや、本当ですって!」
レイは慌てて弁解するが、どこか自信なさげだ。
バランは荷車を見回し、再びレイを見つめた。
「……なんだか釈然としないが、まあいい。無事に戻って来れたんだからな」
渋い顔をしつつ、肩をすくめるバラン。しかし足を止め、重みのある声で告げる。
「――いや、やっぱダメだ。お前、このままじゃ次は確実に死ぬぞ」
「えっ……」
「今回のは“たまたま”だ。こんな無茶を続けてりゃ、遅かれ早かれ運が尽きる。ギルドでやってるダンジョン基礎講習、次の開催日に必ず出ろ。強制だ。もしくは、ベテラン冒険者と組め。単独行動は禁止!」
「ええっ!?」
レイは目を丸くする。
「お前のやり方、見てて心臓に悪い。正直、ギルドとしても見過ごせねぇ」
(アル、やばい……めっちゃ本気で怒られてる……)
(今回は私も共犯です。観念して叱られましょう)
(ぐう……)
レイは項垂れた。
バランは深くため息をつき、荷車に視線を落とす。
「で。この荷車の中身、買い取りはどうする?」
「あっ、はい。査定、お願いします!」
「ったく……どれどれ、見せてみろ」
気を取り直し、レイは解体と買い取りを頼んだ。
「これ、全部お願いします」
「この量だとすぐには無理だな。早くて夕方だ」
バランは番号が書かれた木札を手渡した。
「あと、貸し出し品の清算だな」
手元のメモを確認しながら計算を始める。
「荷車、瓶が二日、糸巻きも二日で……合計二十六銅貨。釣りは七十四な」
(うわ、完全に忘れてた……)
(良かったですね、ちゃんと記録してもらえて)
皮肉っぽく響くアルの声。
(レイ、次から“忘れ物リスト”を作ってはどうです? 毎回なにか忘れてますし)
(うるさいな、アル……)
レイは苦笑し、心の中で返す。
「はい、確かに。ありがとうございました」
釣り銭を受け取り、丁寧に頭を下げる。
「おう、じゃあ夕方にな」
バランはにっと笑い、歩き去っていった。
「はいっ!次からはちゃんとやります」
元気に返事をして、レイは木札と釣り銭を握りしめ、ギルドを後にした。
セリンの町へ向かう途中、レイは小さくため息をつく。
(ふぅ……次はもっと普通にやらなきゃな)
しかし、ソロでずっとやってきたレイはまだ「普通」が、どんなものかをちゃんと知らなかった。
それでも――
(ま、やってみなきゃ分かんないか!)
今日の無茶は反省しても、明日の冒険は、また別の話だ。
いつになく前向きになるレイだった。
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