第57話(暴走荷車モンスター)
紅蓮フレイムのメンバーと一緒にダンジョン内で野営をしていると、ヴィーゴが見張りの時に事件が起きた。
ダークモス数匹が休憩している部屋のところに迷い込んできたようだ。
アルに魔物が接近してきたようだと言われて目を覚ますレイ。
「みんな、起きろ!ダークモスが来たぞ!」
ヴィーゴの声が響く。
「アル、どうすればいい?」
レイは心の中でアルに呼びかけた。
(ダークモスは光に引き寄せられているようです。魔石ランタンの光を利用して奴らを集めましょう)
薄暗いダンジョンの中、魔石ランタンの光に引き寄せられたダークモスが舞っているのが見える。
サリクとラーヴァ、キリアンも目を覚まし、武器を手にした。
レイはランタンを掴んでダークモスを一箇所に集めることにした。
「オレがダークモスを引き付けます。後ろから翅を狙ってください!」
レイはランタンを高く掲げ、ダークモスを引き寄せながら移動した。
ダークモスたちはランタンの光に群がるように集まり始めた。
その瞬間を見計らって、紅蓮フレイムの面々は一斉に攻撃を仕掛けた。
流石Bランクのパーティである。あっという間にダークモスを倒していった。
最後の一匹を倒すと、レイたちは深い息をつきながら辺りを見回した。
辺りにはまだ翅が散らばり、じんわりと毒々しい匂いが漂っている。
「ふぅ……とりあえず終わりだな。鱗粉は吸うと幻覚が出る。処理は慎重にな」
サリクが肩で息をしながら言った。
「処理は、どうする?」
ラーヴァが周囲を見渡す。
「翅を水で湿らせて鱗粉を飛ばさないようにしてから、スライム井戸に放り込むのが一番安全だな」
キリアンが即答した。
「よし、それでいこう。……みんな、水筒用意!」
ラーヴァの号令に、全員が慌てて水筒を取り出す。
次々とモスに水をかけていく紅蓮フレイムの面々を見ながら、レイが首をかしげた。
「えっと……水ってこんなに使っちゃって平気なんですか?」
「レイは、ここ初めてだったな。見た方が早いだろう。こっちだ」
ラーヴァはそう言って、空になった水筒を手に歩き出す。
レイは、ラーヴァを追って通路を抜けると、その先に淡く光る泉が見えてきた。
「おお……!」
思わず声を漏らすレイ。
「ここ、“礼拝堂”って呼ばれてるだろ?」
ラーヴァが振り返る。
「そうですね」
「実はな、ここ、昔から儀式とか祭式に使う“聖水”を確保する泉なんじゃないかって言われてるんだ」
「へぇ……ってことは、飲めるんですか?」
「もちろん。しかも美味い。この水を使ってるレストランもあるって話だ」
ラーヴァは手ですくってごくりと飲んでみせる。
「“泉の湧き水”って、ここのことだったんだ!」
レイは思わず身を乗り出した。
「ああ、これは金になるって、この水だけを汲みに来る冒険者もいたぞ」
ラーヴァがさらりと言う。
「え、マジですか!?」
レイの目がまん丸になる。
「全身に水筒を縫い付けた変わり者でな。まるで歩く水筒タンクだった」
「歩くタンク!?」レイが思わずツッコむ。
「で、その人、まだここで水汲みしてるんですか?」
「ん〜……最後に見たときはさらに水筒が増えててな。ほとんど動けなくなってた」
「ダンジョン内だと致命的じゃないんですか?それ…」
二人は顔を見合わせて一瞬沈黙した後、その姿を想像してしまったのか、どちらからともなく吹き出し、
ついには肩を揺らして笑い出した。
「は〜、笑った。さ〜て、戻ってダークモスの処理だ」
その後、ダークモスはポイズンスパイダーの部屋の真ん中にある井戸に落としていった。
中にはスライムがぎっしり詰まっていた。
ダンジョンの掃除屋の本店を発見してしまった気分だ。
それ以上の考えを放棄した方が正しい言い方だったかもしれない。
ダークモスはあっという間に処理されてしまった。
一番強い魔物はスライムなんじゃないだろうかと思う今日この頃である。
さて、最後に一悶着あったけど、これで戻れることになったレイは、紅蓮フレイムに別れを告げて帰ろうとした――そのとき。
「なあ、レイ! お前も俺たちのパーティに入らないか? この紅蓮フレイムに!」
キリアンの目がキラキラと輝いている。
「えっ、ええっ!」
レイは驚きつつも少し困惑した表情を浮かべた。
「そうだな! レイならきっと活躍できる!」
ラーヴァも強く賛同する。
「い、いや、俺はちょっと……」
レイは口ごもるが、キリアンが鋭く割り込んできた。
「お前、さっきの動きを見てたけど、一瞬でダークモスが引き付けられてるのを見抜いて動くなんて、なかなかできるもんじゃない。紅蓮フレイムに入れば、すぐに上のランクを目指せるぞ!」
キリアンは真剣な眼差しでレイを見つめた。
「そ、そうかなぁ……でも……」
レイはますますタジタジになった。
「流石、決まりだな! さあ、契約書にサインを!」
ヴィーゴがいつの間にか用意していた紙を差し出してきた。
「いやいや、ちょっと待って!」
レイは後ずさりしながら手を横に振った。
「俺、ファルコナーの町に行かなきゃいけないんです。その後もグリムホルトとかリンハルトとか。行く予定がいっぱいあって!」
「えぇ〜、そうなの?それなら仕方ないかなぁ」
サリクはがっかりした様子で肩を落とした。
「でも、また一緒に冒険しような!」
ラーヴァが手を振って送り出す。
「うん、お手伝いとかなら問題ないですから」
レイは手を振り返しながら、急いでその場を離れた。
紅蓮フレイムの面々と別れたレイは、セリンに戻るべく帰途についた。
帰りはなるべく魔物と戦わないようにしよう。
(レイ、ここからの作戦は『荷物大事に!』です。どれだけ大事に荷車をセリンまで運べるかを実践してもらいます)
「そうだな。ここで失敗したら今までの苦労が水の泡だ」
(はい、簡単なミッションではありません。切り替えていきましょう)
レイは荷車を引きながら、軽やかにダンジョン内を駆けていた。
狭い通路をぬうように進み、ゴツゴツとした岩の隙間をすり抜けるその様子は、まるで迷路を遊ぶ子どものようだ。
荷車の上には、八匹のラージラットとボスのラージラットが整然と(?)並び、その上には、胴節を三つに切ったポイズンセンチピードが布団のように被さっている。さらにトドメとばかりに、ポイズンスパイダーの頭が上からドン。
荷車が揺れるたび、素材たちはあっちへゴロン、こっちへグラリと、不安定に転がっていた。
「アル、なんか帰りは魔物が襲って来ないね〜」
レイは呑気である。
レイは、荷車を引いているだけだが、遠くからガラガラと聞こえてくる車輪の音に、だんだん迫ってくるこんもりとした山に、デカいポイズンスパイダーの頭が跳ねるように近付いてくるのである。そんなものに関わりたい者はいない。
そんな奇跡もあってか、ほとんど魔物に襲われる事なくダンジョンを脱出できたレイはセリンの西門に向かった。レイはまた税金を取られるんじゃ?となんとなく落ち着きがなかった。
一方、門の前で列を作ってる人たちも近づいてくる変な荷車に落ち着きがない。
後ろに並ぼうとすると横に逃げられる。仕方がないので「通っても良いですか?」と挨拶すると皆んな一斉に
「どうぞどうぞどうぞ!」と頭を下げて通してくれた。
「次っ!」
「はいっ!」と言って冒険者のランク票を見せるレイ。
「うわっ!なんだその荷車っ!お、お前ぼぼぼ冒険者だな。それ、ダ、ダンジョンの獲物だろ。行ってよし!」
「あれ?調べないんですか?」とポイズンスパイダーの頭を出そうとするレイ。
「いっ、いいから行けっ!」
連れない門番だった。
後でセリアから聞いた話だが、魔物にかかる税金はギルドが徴収し、その残りが冒険者に支払われるらしい。
だから獲物を持ち込んでも、冒険者ギルドがしっかり徴収するので、門番は他の持ち込み品だけに注意を払えばいいということだ。
――なるほど、とレイは後になって納得した。
とはいえ、荷車の上で毒蜘蛛の首がゆらゆら揺れている光景は、周りから見れば十分すぎるほど異様だった。
門を通り過ぎたあと、背後でヒソヒソ声が聞こえてくる。
「なぁ……今の荷車見たか?」
「見た見た。でっかい毒蜘蛛の首がゴロンと……夢に出そうだわ」
「普通シートかぶせるだろ。あんな生々しいの丸出しで……」
「しかも、門番にその首手渡そうとしてたぞ」
「門番に恨みでもあったのかな……いや、あれはトラウマものだろ」
「見た目なら、まじで“水筒マン”超えてるな。なんて呼ばれるんだか……」
ざわめきが背中にまとわりつく気がしたが、レイは気にせず荷車を引き続けた。
この日、セリンの空は少しだけ明るく見えた。
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