第52話(それはチュニックの値段です)
レイは「祈りの洞窟」の奥にある“ラージラットの隠れ家”へたどり着いた。
左右に広がる部屋の床には大小の穴がぽっかりと開き、その中で灰色の巨体がもぞもぞと動いている。かつての世代なら「巨大モグラ叩きか?」と勘違いしそうな光景だ。
「よし、やるか!銅貨三十五枚!」
レイは拳を握り、一匹のラージラットに向かって突進する。
もちろん、銅貨三十五枚とはラージラットの値段ではない。チュニックに加工すれば銅貨三十五枚になるという意味だ。毛皮をなめし、型紙を当てて裁断し、丈夫な糸で縫えば――価値は確かに上がる。
ラージラットが鋭い牙をむき出しにして飛びかかる。
しかしレイは素早く側転でかわし、剣を振るう。「ビシッ」と音がわずかに響いた。
「ほい、三十五枚!」「そこっ!三十五枚!」
声を張り上げ、次々とラージラットに剣を振るう。
攻撃をかわしたラージラットは足をばたつかせる。
(良い感じです、レイ!)
アルが冷静に励ます。
「よし、これで銅貨七十枚!」
笑顔を浮かべ、次のラージラットへ突進するレイ。
「そこの三十五枚!覚悟!」
叫ぶと、ラージラットたちは一瞬動きを止め、キュキュッと鳴きながらあちこちに逃げ出す。
レイは「逃げるな、三十五枚!」と言いながら追いかけ、最後の一匹を倒すと、大きく息をついた。
「ふう、これで全部かな」
(それで、ラージラット革のチュニックをまた作るんですか?)
アルが尋ねる。
「いや、銅貨三十五枚だと思ってやれば、真剣にできるんじゃないかって……」
レイは苦笑いした。
荷車にラージラットを載せようとしたその瞬間、足元の影が揺れた。
顔を上げると、一回り大きいラージラットが現れる。血走った目でこちらを睨み、牙をむき出しにしている。
キュシャーッ!
「まさか、ボスか……?」
レイは剣を構え直し、戦闘態勢に入る。
「こりゃ、銅貨三十五枚どころじゃないな」
レイは笑みを浮かべ、巨大ラージラットに突進する。
巨体は地をドンッドンッと踏み鳴らし、鋭い爪で襲いかかる。
レイは身をかわしつつ、反撃のタイミングを見計らう。
「くそ、こいつ反射神経のお化けみたいに速いな!」
感心しながら巨体を観察するレイ。
(レイ、買取金額を上げたいなら、あまり傷つけず倒してください)
アルの声が冷静に響く。
「ここで縛りプレイなの?」
呟きながらも、レイは頭の中で戦略を組み立てる。
ラージラットの動きを観察すると、攻撃後に一瞬だけ隙があることに気付いた。
「よし、やってみるか!」
レイはタイミングを見計らい、前足を振りかぶった瞬間に身を引き、側面へ滑り込む。
心臓を狙いすました剣を力強く突き立て――
「これで――」
ザシュッ!
ラージラットの巨体がビクンと揺れ、動きが止まった。
「……ふう。縛りプレイは楽じゃないかもな」
息を整え、汗を拭うレイ。
(見事です、レイ。これで買取金額も上がりますね)
アルの声が静かに響いた。
「ありがとう、アル。でも、攻撃も防御も、反応速度が普通のラットとは段違いだった。
こんな魔物もいるんだな」
と巨大なラージラットの遺体を見下ろした。
アルも、このボス級ラージラットの異様な機動には驚いたが、それを特異な個体の例にすぎないと見なしていた。
レイが、やがてその領域に達することになるとは、まだ想像もしていなかった。
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