第50話(失敗は貴重な経験値)
レイはいつもの宿屋の近くでお昼ご飯を食べながら考えていた。
また痛い出費をしてしまった。硫黄の結晶で銀貨二枚も取られてしまったのだ。
「オレ、ちょっと浮かれてたかな……」
鉱山に忍び込むときも、変装道具をついノリノリで買い込んでしまった。
シルバーホルムからフォルスナーに行く件も同じだ。すんなり行けると思っていた自分が甘かった。
オレって、失敗ばかりじゃないか。
「なぁ、アル。今度失敗しそうになったら教えてくれないか?」
レイは真剣な顔で問いかけた。
(それだと、シスターの教えに反することになりますが、よろしいですか)
アルの声は淡々としていた。
「教え?シスターは何て言ってたっけ?」
(全ての経験はレイの中で積み重なり、それがやがて糧になる、と)
「じゃあ、オレが致命的な失敗をしそうでも教えないってこと?」
不安そうに尋ねるレイに、アルは冷静に答えた。
(では、致命的な失敗とは、どのようなことを指すのでしょうか?)
「死にそうになるとか?」
(では、致命傷を負う前に声をかければ良いですか?)
「……何か違う気がするな」
レイは首を振った。
(はい、違うと思います。今のレイなら、まずちょっとやそっとの怪我では死にません)
「そういえば頭が陥没しても死なないって言ってたね……」
レイは少し笑った。
(ちょっと陥没ですね。流石に五セルも凹むと、植物人間になる可能性が上がります)
「植物人間って、肌が緑色になったり頭に花が咲く感じ?」
レイは真顔で考えた。
(レイ、話が違う方向に進み始めましたよ)
アルは軽く注意する。
「あっ!」
レイは驚いた。
(今の会話のように、質問を質問で返されると論点がズレます。そしてレイはズレても気にせず先に進もうとする癖があります)
「確かにズレたけど、そんなに気にすることかな?」
レイは困惑した。
(はい。私は意図的に論点をズラしました。結論を出さずに違う話にすり替えたのです)
「何それ、怖い。じゃあオレ、アルの話術に騙されたってこと?」
レイは驚きを隠せなかった。
(はい、レイは騙されやすいですね)
アルは淡々と答える。
「うぐっ……」
(社会経験や人生経験がまだ短いので、他者の意見に流されやすいです。あと、純粋すぎて何でも信じてしまう)
「それは、アルみたいに何世代もの知識があればいいけど、経験が短いなんて自分じゃどうにもできないじゃないか」
レイは反論した。
(だから失敗をただの失敗で終わらせず、貴重な経験に置き換えるのです。今回、経験になったと思ったことはありましたか?)
「坑夫として潜り込んだけど、冒険者じゃ体験できないこともできたかな」
(そうです。失敗を経験値に置き換えていくのです。今回の失敗は何が悪かったかを考え、次に活かせば成功に近づきます)
「なるほど。所持金を気にせず、ノリノリで変装道具を買い込んじゃったな。ちゃんと考えて買うべきだった」
(あれはあれで楽しかったのではないですか?ノリノリとはそういうことだと思います)
「じゃあ、あれも全部失敗じゃなかったのか」
(そうですね。正規の坑夫として入る場合も装備は必要でした。ただ、手持ちのお金に対して必要経費が多すぎたのが失敗かもしれません)
「確かにそうだな。必要なときに必要なものが買えなければ、『あのとき使いすぎなければ……』って思うだろうし」
(はい、その通りです)
「分かった。ちょっと稼ぎが多くなって、浮かれてたかもしれない」
(話を戻しますが、レイが持ち帰った硫黄の結晶は、売れば金貨四枚になりますよ)
「え、そんなにするの?」
レイは驚いた。
(だから、それだけの価値があるものを手に入れたということです。セルデンさんに預け、畑の害虫管理に役立てれば、さらに価値は増えます)
「それ、上手くいけば大成功じゃん!」
レイは目を輝かせた。
(そうです。だから、手持ちのお金がマイナスにならないよう注意すれば良いだけです)
「そうか。分かった!よし、ギルドに行って依頼で稼いで資金繰りアップだ!」
レイは胸を張り、ギルドに向かって走り出した。
アルは、心の中で思った。
(レイにはまだ未熟な部分があります。しかし、その純粋さと行動力を経験として少しずつ積ませれば、いずれ有能なリーダーになれるでしょう。今はあまり口を出さず、見守りつつ、必要なときだけ助け船を出せば十分です)
***
ギルドに到着したレイは、受付にも奥の事務所にもセリアの姿がないことに気づいた。
(今日はお休みなのかな……)
それでも目的は変わらない。祈りの洞窟の常時依頼を確認することだ。
レイは依頼ボードに向かってズンズン歩き出す。
キラーアントの蟻酸、アーマードセンチピードの甲殻、ポイズンスパイダーの糸――まだ常時依頼に並んでいる。
「よし、全部取ってくるぞ!」
拳を握るレイの目がキラリと光った。
「バランさーん!荷車貸してください! それとアリの蟻酸を入れる容器と、ポイズンスパイダーの糸巻き、アーマードセンチピードの甲殻を分ける道具もお願いします!」
奥からバランの声が返ってきた。
「おいおい、レイ。いくらなんでも無茶だろ。普通はパーティで行くところだぞ?」
「いや、あと二日で金貨一枚くらい稼がないと、ちょっとまずいんです!」
レイは真剣そのものだ。
バランはしばらくレイを見つめたあと、力強く肩を叩く。
「ん〜…。まあ男がやるって言ったんだ。なら、見事成功させてこい」
荷車に道具を積み込み、レイは走り出す。次は孤児院に硫黄の結晶を届ける番だ。
ドンドン、ドンドン――
「誰かいますかー? お届けにあがりましたー!」
元気よくドアを叩くレイ。
「誰かと思ったらレイかい。どうしたんだ、そんなに急いで!」
シスターは驚いた表情を浮かべる。
「トマトゥル用の農薬になる硫黄の結晶です。セルデンに渡してください。使い方は、この前写した冊子に書いてあります」
レイは手渡しながら説明する。
「まぁ、上がっていきな」
微笑むシスターに、レイは軽く頭を下げる。
「いや、今日はこの後用事があるので失礼します!」
孤児院を後にし、レイは再び駆け出した。
レイは西門に着くと、すぐに門番の前に駆け寄った。
「おい、さっきの冒険者じゃねえか!? もう外に出るのか?」
門番がレイをみて驚いた。
「はい、ダンジョン行ってきます」
「おいおい一人で荷車持ってダンジョン行くなんて、そんなやつ見たことねえぞ」
仲間も目を丸くする。
「じゃあオレが初ですね! 行ってきます!」
胸を張るレイに、誰かが感嘆の声を上げた。
最速で祈りの洞窟に到着。昼の鐘はもう鳴り終わっている。悩んでいる暇はない。
荷車ごとダンジョンに入るのは初めてだが、少しでも稼がないと、フィオナたちに申し訳ない。
「今日は帰らないつもりで、狩りまくるぞ!」
レイの声が、洞窟の奥まで響き渡った。
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