第49話(ステルスファイナンスシステムってない?)
シルバーホルムで一泊したレイは、朝食を済ませたあと、フィオナとサラにセリンの町に戻ることを伝えた。
二人は特に驚いた様子もなく、
「セリンでまた会おう、それまで気をつけてな」
と手を振って見送ってくれた。
シルバーホルムには門番もおらず、入場税の徴収もしていないようだった。町の近くに鉱山があることを
考えれば、全体的に経済的には安定しているのかもしれない。
町を出ると、レイは風のように走り出した。勝手知ったる道を、まるで俊馬のごとく駆け抜けていく。
セリンの町が見えたころには、鐘がふたつ鳴る前だった。今までで一番の速さだ。距離はそれなりにあったが、
不思議と疲労感はない。汗もほとんどかいていない。
「アル、なんか……変じゃない? こんなに走ったのに、ぜんぜん汗かいてないし、息も乱れてないんだけど?」
(はい。レイのジャケットには本来、防寒・防熱機能があるはずでしたが、
起動スイッチが見つからなかったので、私のほうで代替機能を用意しました。
現在は、スマートフィードバックシステムを通じて、体内で防寒・防熱処理を行っています)
「すまん、その……スマートなんちゃらって初耳なんだけど?」
(スマートフィードバックシステムは、レイが炭鉱で作業している間に開発を終えました)
「……また勝手に作ったのか」レイは軽く目を閉じて溜め息をついた。
(炭鉱で入手した鉱石をもとに、現在も新型ナノボットを自動生成しています。
たとえば、スキンナノリニューアルシステム。皮膚表面を常に清潔に保つための仕組みです)
「……それって、風呂入らなくていいってこと?」
(皮膚に関しては、はい。ただし髪の毛や爪は対象外なので、洗っていただく必要があります)
「……はあ。疲れない身体のはずなのに、なぜか今すっごく疲れてるんですけど」
(フルスキャン診断システムを起動しますか?)
「いや、いい……もうそれ以上、なんか出てきそうで怖い」
そんな会話をしているうちに、西門が見えてきた。南門なら顔見知りの門番が多く、通過もスムーズだが、
西門はまだ馴染みが薄い。案の定、今日は初めて見る門番だった。
レイはランク票を取り出して声をかける。
「こんにちは。通らせてもらっていいですか?」
門番の一人がランク票を受け取り、じっと眺めた。
「ん? あんた、この町の冒険者か?」と眉をひそめる。
ランク票を確認しながら、隣の門番と目を合わせ、軽く頷き合う。
「一応、荷物も調べるぜ。この前、ちょっとしたトラブルがあってな」
レイは背中からバックパックと、手に持っていた硫黄の結晶を入れた袋を地面に下ろした。
門番の一人が袋を見つけると、訝しげに眉をひそめる。
「これ、なんの結晶だ? ……領収書は?」
「採掘してきたばかりで、そういうのは無いです」
「なら、税務局に行ってくれ。この量なら税金が発生する。証明書をもらってから、再度来い」
もう一人の門番がバックパックの中をざっと確認し、「こっちは問題なしだな」と言って荷物を戻した。
仕方なく、レイは商業ギルドに向かうことにした。
受付で事情を説明すると、職員が小さなナイフで結晶の表面を削り、皿に削った粉を乗せて試薬を滴下する。
さらに秤で重さを量った。
「硫黄二キロですね。それではこちらの書類を持って、税務窓口までお願いします」
レイは言われた通りに税務室に向かい、窓口で書類を提出した。
税務官が計算を終え、さらりと書類を返す。
「はい、こちらが税額です」
「え……ええっ!? 二千ゴルドも取るの!?」
抗議する間もなく、レイはしぶしぶ財布から銀貨を取り出して支払いを済ませる。
税務官はニッコリ笑って、領収書と証明書をレイに手渡した。
「これで問題ありません。町内でこの結晶を持ち歩く際には、必ずこの書類を携帯してくださいね」
レイはそれを受け取りつつ、心の中で盛大に叫んだ。
「ぜんっぜん大丈夫じゃないわっ!!」
肩を落としながらギルドを出たレイは、歩きながらブツブツと文句を垂れた。
「なあ、アル……この結晶、見えなくできたりしないの? ホラ、うまいこと隠す仕掛けとか、さ?」
(ステルスフィナンシャルシステムは、現在の技術レベルおよび倫理基準により実装不可能です)
「なんだよその無駄にカッコいい名前! つまり無理ってことだろ!?」
(はい。課税回避目的の機能は原則として開発禁止です)
「……未来の技術って、意外と融通きかないんだな……」
(そう設計されています)
レイはため息をつきながら、肩に結晶の袋を担ぎ直した。
「疲れてないはずなのに……なんか、どっと疲れた……」
そう呟いた瞬間、こめかみを一筋の汗が伝った。
「……って、なんで今さら汗が……」
空を見上げれば、陽は高く、風も止み、ジリジリと照りつける真夏の陽射し。
(スキンナノリニューアルシステムによる発汗制御を一時停止しました。
ストレスによる発熱を感知したためです)
「ちょっと待て! じゃあ今の汗って……税金ストレス!?」
レイはガクッと膝をつきながら、うなだれた。
「……結局は汗をかくんだな……!」
空は晴れているというのに、レイの背中にはしっとりとシャツが張り付いていた。
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