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第47話(さらば坑夫よ!)

シルバーホルムの町は、鉱山の西側に坑夫と鍛冶屋が集まり、自然と形成された鉱山の町だ。

町そのものはこぢんまりとしていて、セリンの四分の一ほどの規模。

いくつかの鍛冶屋が土の路地に面して並び、町の中央には教会と、そのすぐ隣に唯一の宿屋が建っている。


地形は入り組んでおり、訪れる人の数も多くない。

何より常に炭埃と鉄の匂いが漂っているため、他所者が紛れても案外目立たない。


なぜ、そんな町の説明をしているかと言えば、現在、レイがこの町で絶賛逃げ隠れ中だからだ。


「期待の新人坑夫、行方不明!」

「絶対捕まえろ!町の中にいるはずだ!」

「金の卵だ!絶対に逃すんじゃねぇぞ!」


そう叫びながら探し回る追手を尻目に、レイは路地裏で慌ただしく着替え中だった。


「このヘルメット、銀貨一枚もしたのに……まだ七日しか被ってないのに!」


手にしたヘルメットをそっと地面に置き、まるで誰かに叱られた子どものようにガックリとうなだれる。


(レイ、そんなふうに服の前で沈んでいると、せっかく着替えた意味が……バレますよ)


「はあ〜……高かったんだけどな……」


心の声すら愚痴っぽくなる。

だがそれは、本当にヘルメットが惜しいわけではない。

捨てることにした“坑夫の姿”の中には、気楽に振る舞える自分が少しだけいたのだ。

名前も過去も関係ない、肉体労働だけで認められる居場所。

それを手放すのが惜しかった。


(……レイ、さっきからヘルメットのことばかりで、坑夫の仲間との別れには何も言いませんね)


「……バカ言え。あいつらと過ごしたの、一週間くらいだぞ」


(でも、毎晩の飲み会ではずいぶん笑ってましたよ)


「うっ……あれは、まあ……楽しかったよ……」


ぽつりと漏らしたその言葉には、少しだけ名残惜しさが滲んでいた。


(レイ、本当はああいう時間が……好きなんでしょう?)


レイは小さく息を吐いた。


「……まぁ嫌いじゃなかったよ。でも、居つくわけにもいかないからね」


だから、冗談めかして笑う。いつだって、そうやって本心を覆い隠す。

本音を笑いの中に紛れ込ませておけば、誰も深くは踏み込んでこない。

それは、自分自身すらも守るための“手段”だった。


名残を惜しみながらも、坑夫変装セットを丁寧に畳み、その横に墓標のように小石を置いて黙祷する。


「さようなら、俺の炭塵まみれの日々……」


(それ、誰に言ってるんですか)


「オレ自身だよ」


そうして宿屋にたどり着くと、さらに追い打ちのような現実がレイを迎える。


「一泊銅貨四十枚だ」


と、宿屋の無骨な親父が無表情に言う。


「……え、前回来た時って二十枚じゃなかった?」


「あぁ、オークジェネラルが街道を塞いでて物流が止まってるんだよ。で、何でもかんでも値上がりさ。

 これも運命ってやつだ」


「運命が、重すぎるよ……!」


財布を開き、泣きそうになりながら銅貨を数えるレイ。


それでも彼の口元には、どこか乾いた笑みがあった。

冗談を言っていれば、少しは心が軽くなるから。

それは幼い頃から身に染みついた、生き残るための術だった。


部屋に戻ると、いつものようにアルの“優しい説教”が始まる。


(下層で硫黄は取れたはずです。なぜセリンに戻らず坑夫ライフを満喫していたんですか?)


「あぁ〜その〜……」


(フィオナさんたちを待ってるのかと思ってました。まさか本気で働いてるとは)


「ちょっとだけ、面白かったんだよ!」


(毎晩の騒ぎも“ちょっと”だったんですか?)


「うぐ……」


(レイ、あなた本当にあそこで幸せそうでしたよ)


「それは……まあ、少しね。誰かを演じるのって非日常みたいでさ」


(自覚しているんですね)


アルの声は、いつになく柔らかい。

そんな調子で、レイの心を少しずつ開かせていく。


(レイ、感情ってどう思いますか?)


その問いに、レイはふっと息を吐いて目を伏せた。


「……感情ってさ、時々自分を壊すものにもなるだろ?オレ、子供の頃のことがあるから、あまり感情に

 振り回されたくないんだ」


(それで、人と線を引くようになったんですね)


「うん。自分を守るため、かな」


(でも、今は私がいる)


「……そうだね」


感情を何かで包むことで誤魔化してきた。

だけど、アルがいてくれるおかげで、それに向き合えるようにもなってきた。


ただの軽口じゃない。本当は、ちゃんとわかってる。

それでも今は、少しずつでも歩ける気がしている。


「なぁアル。アルが言う“共生”ってのはさ、案外悪くないな。アルと一緒にいると、話すことで感情を

 整理する時間が取れるんだ。昔は一人で全部抱え込んでいたけど、今はそれをアルに話すことで少しずつ

 軽くなる気がする。


(嬉しいですね。それに感情を表に出すことも大切ですからね)


「うん。逃げてばかりもいられないし、少しずつでも向き合っていかなきゃって思ってる」


(変化には時間がかかります。ですが、あなたが前を向こうとしているのは、私にもよく分かります)


「アルの方は、まだここに来てというか、話し相手になってからまだ日が浅いよね。自我が目覚めたって言ったのも、そんな昔の話じゃ無いのに、なんか年上っぽいよね?」


(まだ日が浅いので、ある意味では生まれたてピチピチですが、成長は早いです。少しくらい感情を

 表に出しても構いませんよ)


「いやピチピチってなんだよ!しかもナノボットに“ピチピチ”は合わないよ!」


と、わざとらしくツッコミを入れたところで、部屋の扉がノックされる。


「まさか追っ手……?」


そっと開くと、赤い尻尾が視界に飛び込み、間髪入れずにレイを捕獲。


「居たニャ少年!会いたかったニャー!」


「うおっ!?く、苦しっ……!?」


抱きついてくるサラのもふもふに埋もれ、レイは息も絶え絶えになった。


(さあ、レイ、感情を表に出すチャンスですよ)


「苦しっ、どんな感情を!?今!?何を!?」


(感謝と驚きのミックスとか)


「出せるかーっ!!」


もふもふのなかで叫ぶレイだったが、その声の裏にある“どこか嬉しそうな音”に、アルは気づいていた。

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