第44話(人間らしさとは?)
「もう充分だから、レイはそのまま見てて!」
農地ではこのあと、土をふるいにかける作業が始まるらしいが、セルデンの一言で、あっさりレイはお役御免となってしまった。
(高速でふるいを動かして、セルデンにすごいところを見せてやろうと思ったんだけどな…)
(レイ、それやると、ますます人間扱いされなくなりますよ)
「分かったよ!」
返事はしたものの、レイの顔には不満がにじんでいた。
(農地はセルデンさんに任せて、私たちは別の準備をしましょう)
(別のって?)
(図書館で話した防虫剤の件です)
(ああ、香草とか硫黄とか…あれか)
(そうです)
(でもさ、それがどこにあるか全然わかんないよ)
(図書館の本には、セリンナスの栽培にピレトリンを使ってる可能性があるって書いてました。つまり、除虫菊があるかもしれません。まずはセリンナスの畑に行ってみませんか?)
(じゃあ、テオさんのとこで聞いてみよう。ジョチュウギクのこと)
テオの畑は南門の方にある。
孤児院にいた頃、畑仕事を教えてくれた農夫だ。レイは思い出しながら市壁沿いを歩いた。
「こんにちは〜、テオさん」
作業中のテオが手を止め、振り向いた。
「おう、レイか、久しぶりだな」
「実は聞きたいことがあって——」
「はぁ? ジョチュウギク? そんなもん聞いたこともねぇな」
「虫を寄せつけない植物って聞いたんですけど…」
「ああ、それならアラクニアだな。でもなぁ——」
テオの表情が少し曇る。
「何か問題でも?」
「確かにアラクニアを植えときゃ虫は来ねぇ。でもな、放っておくと畑一面アラクニアだらけになるんだよ!」
「そんなに広がるんですか?」
「ああ、四方八方に蔓を伸ばすからな。油断してると管理が追いつかなくなる。隣の畑にまで広がって、大騒ぎになったぜ」
テオはため息をつきながら続けた。
「じゃあ、もう栽培してないんですか?」
「いや、そこらじゅうに勝手に生えてるぜ!」
そう言って、テオは笑いながら近くの荒れた畑へ案内した。
「ここはガス爺さんの畑だったんだけどな。腰を悪くしてから、アラクニアの除去が間に合わなくてよ!」
蔓をぐいっと引っ張り、葉をつかむ。
「ほらよ。これを畑に植えときゃ、嫌ってほど生えてくる」
「ただし、増えすぎには気をつけろ。他の畑にも手当たり次第広がってくからな」
テオは念を押すように何度も繰り返した。
実際、ガス爺さんの畑からアラクニアが広がらないよう、近隣の農民たちが防除に力を入れているという。
レイもその話は聞いたことがあったが、そのときは「雑草が生えて大変だな」くらいにしか思っていなかった。
——地域全体で管理されている植物、というわけか。
アラクニアを抱えて畑に戻ると、セルデンが待っていた。
「それ、アラクニアだろ?」
植物に詳しいセルデンだ。さすがである。
「防虫に使えそうだったから、テオさんのとこでもらってきたんだ」
「今の畑なら、少量なら手で除去できるだろうけど……」
セルデンは蔓の一本を指で持ち上げ、じっと観察する。
「これ、引っこ抜いても根が残ってると、また増えるんだよね。しかも爆発的に」
「なるほど、要注意ってわけか」
「アラクニアといえば、ちょっと怖い話があるんだよ」
「怖い話?」
「昔、とある農夫がね。虫除けに効果があるって、アラクニアを畑の四隅……だけじゃなく、周囲ぜんぶに植えたらしいんだ」
「そりゃ虫が、絶対寄ってこなさそうだな」
「うん。最初はうまくいってたんだよ。でも一週間ほどして見に行ったら……作物がほとんどアラクニアの蔓に飲まれかけてたんだって」
「えっ、それ……作物はどうなったんだ?」
「農夫も慌てて蔓を引っこ抜いたんだけど、抜いても抜いても次々伸びてきて。最終的に作物はほとんどダメになっちゃったらしいよ」
「つまり、虫は防げても、アラクニアに畑を乗っ取られるってことか…本末転倒だな…」
セルデンは真顔でうなずく。
「だから“植えすぎないこと”と“抜いたらすぐ処理すること”。この二つが大事だと思う」
そのとき、アルが声をかけてきた。
(いっそ焼却炉を作って、燃やしてしまうのはどうでしょう?)
(燃やす?)
(ピレトリンに似た成分があるようなので、煙にも防虫効果が期待できます。一石二鳥かと)
(ちょっと待って。アル、それ、いつ調べたの?)
(レイがアラクニアを手にした瞬間に、表面から成分情報を採取しました)
(……なにそれ。一瞬で成分が分かっちゃうとか、こっちは頑張って人間っぽくしようとしてるのに)
「それなら、鍬の高速回転の方が、まだ人間味あるじゃないか」
レイは思わず天を仰いで叫んだ。
だがその声に誰がどう返すでもなく、風だけが静かに畑を撫でていた。
人間らしさとは何か。
レイはアラクニアの蔓を見つめながら、ふと複雑な気分になるのだった。
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