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第42話(トマトゥルの買取価格)

「はぁ」と「はぁ?」を繰り返すこと数回。

ランベール司祭の話をまとめると、だいたいこういうことらしい。


昨日の朝。教会の礼拝を終えて外に出たとき、大広場がなんだか騒がしかった。

そこで近くのシスターに様子を見に行かせた。すると――

「店の花壇に植えられていたトマトゥゥゥルが、美容にいいって話になってて、通りかかった女性冒険者が、

 それをどうしても食べさせてほしいって懇願したそうなんだよ」


(……いや、それ絶対、話がどこかで捻じ曲がってるだろ)


その後、店主が試しにその野菜を食べてみたところ、たいそう美味しかったらしく、司祭自身も赤レンガ亭で

食べてみたら感動。そしてこの野菜を、町全体――いや、国全体に広めようと、まるで新興宗教のような

勢いで語っていた。


「雇用が生まれ、貧困が減り、町に活気が戻り、女性はみんな若返る。

まさに奇跡の野菜じゃありませんか!」


……とまあ、そんな感じ。


レイも農地に特別なこだわりがあるわけじゃない。

花壇で芽が出た分を、さっさと植え替えられればそれでいいと思っていた。

だから司祭が動いてくれるのなら、それはそれでありがたい。


ただ――

あの名前、「トマトゥゥゥル」だけはダメだと、きっぱり却下された。

まあ、名前からして間違ってるしな……最初から。


そして種の確保。

これはレイが断った。商人のほうが向いてるだろうと判断したのだが――

司祭は、ちょっと不満そうだった。

(うん、なんか妙に同類っぽい空気を感じたもんな……)


そんなわけで、ランベール司祭との話し合いは、ほぼ一方的な司祭のプレゼンで終わった。

でも領主様との交渉まで全部引き受けてくれるらしいので、それは素直に感謝した。


さて。次の課題は、育て方のまとめ。

レイは紙工房で紙を五枚購入し、今、図書館の入口に立っていた。


(アル、これで銅貨二十五枚だぞ……ありえなくないか?)


(まあ、手漉きの紙ですし。むしろ安い方では?)


(しかもさ、意味もなくこんな印までついてるし!)

レイは紙の隅に押された紙工房のエンボスマークを指で弾く。


(それは品質保証です。どこの工房製かを示しているんですよ)


「そっか、じゃあ高くても納得――って、なるかーっ!」


図書館の前で一人ノリツッコミをかますレイ。通行人の視線が少し痛い。


本当なら、アルの知識を使って育て方をサクッと書いてしまいたかったが、あまりにも図書館の情報と

かけ離れていると、「どこで調べたんですか?」なんて言われかねない。

それは避けたいので、ちゃんと図書館にある情報も確認してからにする方針となった。


レイは受付で入場料の銅貨二枚と、保証金の金貨一枚を預け、農業関連の本の場所を尋ねる。

そして、いそいそと本棚へ向かい、本を漁り始めた。


(……まあ、“トマトゥル”で出るはずもないよな。とりあえず“セリンナス”で調べようか。

 アル、それでいいよね?)


(はい。セリンナスは、かなり近い品種と思います。情報としては有効かと)


(よし。じゃ、まずは土の準備っと……)

レイは一冊の本を開き、目的の項目を探す。


(えーっと、「セリンナスを植える前に、肥沃な土壌を準備しろ」って書いてある。

「糞や堆肥をたっぷり使うこと」って……あれ、これそのまま書いて大丈夫?)


(“たっぷり”は削りましょう。堆肥が多すぎると根腐れの原因になります)


(了解。じゃ、“たっぷり”はナシっと)


(植え付けの時期は……「春の終わりから夏の初め」って書いてあるな。これは使えるね。

あと、「隠月の日に植えると良い成長が期待できる」とか……)


(それは削除です。迷信に近いでしょう)


「水やりについては……“水魔法使いの出す水が一番”って書いてあるけど」


(却下です。お金がいくらかかるか分かりません)


「“適切な水やりと肥料の供給が必要。乾燥しすぎないように注意”……」


(採用です)


「“秋には病害虫の活動が活発になることがあるため、予防と早期発見が重要”」


(それも採用です)


「……“病気には儀式と祈りを捧げるべし”って、これなんだよ……」


(却下です)


書かれている情報をすべて確認し、アルの知識と食い違う箇所は意図的にスルー。

そして、ひととおりの育て方マニュアルを書き終えた。


「よし、完成!」

レイは満足げに紙を掲げて、ふぅと一息。


(お疲れ様です)


(でもさ、害虫対策に“土魔法使いに祈祷させる”っての、ちょっと面白そうじゃない?)

冗談まじりにレイが笑いかける。


(“祈祷”ですからね。魔法使いである意味がまったく不明です)


(いや、そこをあえて見てみたい! 土魔法使いが“虫よけ〜!”って叫んでる姿、想像してごらんよ)


(……ただの見世物ですね。次は何を期待するんです? 火魔法使いにキャンプファイヤーの準備でも?)


(お、それいいな! 火をつけるときに全力で“ファイヤー!”って叫んでさ)


(間違いなく巨大な火柱が上がりますよ。火事ですね)


(うわ、それはさすがにヤバいな……でもちょっと見たい)


(では次は、風魔法使いに風を送らせて涼む、と?)


(それもアリ! 夏場は特に重宝するぞ)


(……レイ、魔法使いを家電扱いしないでください)


(“かでん”?)


(……いえ、なんでも)


そこでアルは、ふと思い出したように声を潜めた。


(それより気になる記述がありました。香草の植え付けや、ある種の粉の撒布……

 もしかすると、ピレトリンや硫黄などを使った防虫対策のことかもしれません)


(ほう、それって防虫剤になるの?)


(ええ。必要になれば、調達はレイにお願いするかも)


(任せてよ。セルデンには、絶対に成功してもらいたいからね)


そう言って、レイは育て方をまとめた紙を丁寧に畳み、懐にしまい込んだ。



※※※



今日は六の月の十五日。


魔力ロープをたっぷり出す練習を終えたレイは、水浴びで気分をさっぱりと整えると、赤レンガ亭へ向かった。

今日はシスター・ラウラと一緒に、トマトゥルの買取価格について打ち合わせを行うことになっている。


ちなみに、フィオナさんの太腿の怪我は順調そのもの。

本人は「もうほとんど違和感ない」と言っているが、アルによるとすでに完治状態。

日常生活には支障がなく、治療しなくても自然回復できる段階らしい。

……ただし、ナノボットの回収のために、もう一度だけ“似非気功術”をやらなければならない。


赤レンガ亭の打ち合わせスペースには、すでにブランドンが待っていた。


「シスター、レイ殿。今日はよくおいでくださいました」

にこやかに迎えるブランドン。

「今日はトマトゥゥゥルの買取価格のご相談と聞いております。いやぁ、あれ、本当に美味しいですよねぇ」


シスターがすっと真面目な顔になる。


「さて、そのトマトゥルの価格だけど、まずは我々の考えを伝えたいんだが――」


「ちょ、待ってください、シスター」

ブランドンが食い気味に口を挟む。


「トマトゥゥゥルの魅力って、料理に活かしてこそじゃないですか。だから――」


「そりゃ、そうだけどねぇ。とはいえ、価格も重要な要素さ」

シスターは腕を組んで渋い顔。


「一応、市場価値を色々考えてきたんだよ」


「もちろん。でも、トマトゥゥゥルの価値って、美味しさと……その、愛情の味、っていうか……」

ブランドンはなんとも言えない表情で微笑んだ。


「コホン。ブランドンさん、そろそろ本題に戻ってもらえるかねぇ」

シスターが咳払いしながら睨む。


「ああ、失礼失礼。それでは――」

ブランドンは姿勢を正し、きっぱりと告げた。


「買取価格は、銀貨一枚でいかがでしょうか?」


「ん?……いま、アタシの耳には“銀貨一枚”って聞こえたんだけど」シスターの目が大きく見開かれる。


「はい。間違いなく、銀貨一枚と申しました」ブランドンは自信たっぷりに頷く。


「まだ市場では無名の野菜ですが、あの味、気になりませんか?誰もが初めて味わう――あの感動!」


「ふむ……まぁ、確かに」

シスターがニヤニヤし始めた。何か悪だくみでも思いついたような顔で。


「ですが」


ブランドンは少し慎重な口調に変える。


「あまりに高すぎても、みなさん躊躇してしまいます」


「そうさねぇ、それは確かに」

シスターも神妙に頷く。


「ですから、初物プレミア込みの価格で、銀貨一枚」

ブランドンは説明を続ける。


「流通量が増えたら、買取価格は段階的に下げさせていただきます」


「……よし、それで行こう!」


シスターは目を輝かせ、テーブルを軽く叩いた。


「銀貨一枚とは思ってなかったけど、そいつは大満足だよ!」


嬉しさのあまり、小さく跳ねるように手を叩く。


(……あれ? オレ、この打ち合わせに必要だった?)


レイがそう思ったのも無理はない。


そしてこの夜。

店のワインをすっかり飲み干したシスター・ラウラとブランドンは、肩を組みながら――


「トマトゥゥゥル最高ーっ!!」


と叫びながら赤レンガ亭のカウンターで歌っていたという。

……その光景を覚えている者は、きっと数えるほどしかいない。

読んでくださり、ありがとうございます。

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