第41話(トマトゥル事件)
結局、あれから時間が許す限りスケルトンソルジャーを狩り続けたが、追加の“お宝”は一向に出なかった。
レイは呆然としたまま、町へ戻っていく。
「……あんだけ倒したら、一体くらいは何か出すと思うだろ……」
期待していたぶん、落胆も大きい。
得られたのは魔石のみ。骨とあれだけ戦ったのに、まさに骨折り損のくたびれ儲けである。
ギルドに寄って魔石を換金した後、少し早いがそのまま教会へ向かうことにした。
大きな扉を開けると、色とりどりの光が床に広がる。
ステンドグラスを通したやわらかな光が、静寂な空間を神秘的に染めていた。
中はひんやりとしていて、火照ったレイの心に少しだけ冷静さを戻してくれる。
教会の奥へ進んでいくと、シスター・ラウラの姿があった。
「シスター、こんにちは」
レイが声をかけると、ラウラは片手を軽く挙げて、
「おう」
と男前な返事。次の瞬間、その手をレイの頭に載せ、ぐしゃぐしゃと撫で回した。
「アンタ、そんな深刻そうな顔して来るんじゃないよ」
「いやいや、いきなり宿に“教会からの呼び出し状”が届いたら、誰だって焦りますって!」
レイが抗議気味に言うと、ラウラは悪びれもせずに笑って言った。
「悪かったねぇ。使いを出すつもりだったんだけどさ、先に手紙書き始めちゃってねぇ。まあ、ちゃんと時間通りに来たんだから結果オーライってことさね」
「強引すぎるでしょ、その理屈……」
レイは額に手を当てて苦笑いを浮かべた。
教会の応接室に通されると、そこには本日レイを呼び出したランベール司祭が座っていた。
ランベール司祭はレイに気づくと立ち上がり、ゆっくりと右手を開き左手を胸に当てると軽く会釈をした。
四大神教会の正式な挨拶である。レイもそれに倣って挨拶をする。
ランベール司祭は優しい口調でおっとりした感じに見えるが、かなりのやり手だそうだ。
図書館や芸術の保護を行ったり、去年は紙工房の立ち上げでも尽力したとか何とか。
おかげでこの町では比較的紙が手に入りやすい。と言っても紙一枚で銅貨五枚するのだが。
「おひさしぶりです。司祭様」
とレイが挨拶をすると、
「いやぁ、よく来てくれたね。さぁ座ってくれたまえ」
と言って司祭はソファに案内してくれた。
「いきなり呼び出してすまなかったね。実はトマトゥゥルの件で、どうしても君と話がしたくなってね!」
ランベール司祭が話し出した。
「昨日の朝だったかな。朝の祈りを終えて礼拝堂から出てきたら、大広場が騒がしくてね。
近くのシスターに様子を見に行かせたのですよ」
そう言いながら、大広場の方を指差すランベール司祭。
「だって、教会の目の前だろう?」とでも言いたげな目をレイに向けてくる。
何の話か分からないレイは、とりあえず「はぁ」とだけ相槌を打った。
「それでですね。そのシスターが聞いたところによると――
ある女性冒険者が、花壇に植えられていたトマトゥゥゥルを見て、
“これは美容にいいって聞いたの!お願い、食べさせて!”って、
お店の主人に泣きついたらしいのですよ」
「……はぁ?」とレイ、完全に置いてけぼりだ。
だが、ランベール司祭はお構いなしに話を続ける。
「で、その店主が試しに食べてみたら、驚くほど美味しかったそうでね!
その話を聞いた私も気になって、赤レンガ亭まで行ってきたのですよ。
実際にパンに挟んで出してもらってね、食べた瞬間――
感動したのです!これは素晴らしい野菜だ!」
レイは再び「……はぁ」と、今度は若干うんざり気味に返す。
「さらに驚くことに!医者いらずだとか、老化を防ぐとか、
まるで魔法のような野菜だと、奥さんも絶賛していたのですよ!」
「……話、長くない?」
レイが小さくボヤいた直後、
「し・か・し・です!!」
突如、ランベール司祭が声を張り上げた。
「うわっ!」
レイはソファから転げ落ちそうになりながら目を見開く。
「残念ながら――そのトマトゥゥゥル、もう残りが少ないそうじゃないですか!?
これは由々しき問題です。セリンの町全体で取り組むべき重大事案だと思ったんです!」
(え、急に町単位?)
内心ドン引きしつつも、レイは「……はぁ?」と返すしかない。
「私は思いました。この野菜をセリンの名産にすれば、
雇用が生まれ、貧困は減り、町は活気づき、女性たちは美しくなる!
まさに夢の野菜ではありませんか!?」
「……はぁ」
「そして!この野菜を育てている“ある人物”がいると聞きましてね――」
司祭はレイの背後を指差す。そこには苦笑いのシスター・ラウラ。
「……はぁ?」
「これはもはや神の導きだと確信しました!
貴方が育てているそのトマトゥゥゥルこそ、セリンの希望!」
「……はぁ…」
「成功すれば、町の皆に育て方を教えられる。
ゆくゆくはトマトゥゥゥルの産地として、国中に知られる町に――!」
「……」
「さらなる健康効果もあるかもしれません。研究のためにも――
レイさん、協力をお願いします!」
「……はぁ……?」
「まずは種の確保です!国内外から集めます!もちろん、レイさんも手伝ってくれますよね?」
「……はぁ……」
――そんなとき、脳内に声が響いた。
(レイ、さっきから「はぁ」と「はぁ?」しか言ってません?宿屋のお爺さんの癖が移ったのですか?)
アルが小声で呟いた。
レイは心の底から、ため息をついた。
(… はぁ……野菜ひとつで町が大騒ぎか…)
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