第37話(どっちがこの町の住人?)
「馬車が停められる玄関?」
「そんなのいっぱいあるニャ」
「え、いっぱいあるんですか?」
レイが驚いて返すと、サラが胸を張って言った。
「この宿屋の前だって馬車は停められるニャ!」
言い方が悪かったかもしれないとレイは思い直し、少し頭をかきながら訂正した。
「ああ、そうですよね。その条件なら、ギルドも入っちゃうし……」
記憶を手繰りながら、見えてきた光景を言葉にしていく。
「えっと、白っぽい壁に……大きな扉。あ、大きな扉は二枚ですね。
で、石畳と原っぱみたいな場所があった気がします」
「ふむ」
フィオナが少し考え込む。
「白い壁は王国なら特に珍しくないが、大きな扉が二枚あって、石畳が玄関まで敷かれているとなると
……かなり裕福な家だろうな」
「分かんニャイけど、壁の内側に原っぱみたいな庭があったなら、それは相当なお金持ちの家ニャ」
「裕福な家、ですか……」
レイは静かに呟き、しばし考え込む。
「で、その家や馬車は何かに繋がるのか?」
フィオナの問いに、レイはようやく自分が何の説明もしていなかったことに気づく。
「あ、すいません。急に思い出したもので……」
少し気まずそうに言ってから、続きを話した。
「昔の自分の記憶みたいなんです。孤児院に入る前の」
「孤児だったのか?」
フィオナが目を見開く。
「孤児なのニャ?」
サラも驚きの声をあげた。
「そうなんです。馬車でこの町の近くにあった村まで移動してきた記憶があって。
で、五歳の時にその村がオークに襲われて……頼る人がいなかったから、孤児院に引き取られたんです」
その表情はどこか遠くを見つめていた。
「でも、裕福な家から孤児になるって……無いとは言えないが、何とも言えないな」
フィオナが悩むように眉を寄せる。
「他に何か覚えてることはないのニャ?」
「うーん……母らしき人が、大きなベッドの上で泣いてるところと、つかに装飾が施された剣を
両手で抱えて歩いてるところ、かな」
「つかに装飾がある剣っていうと、高ランクの冒険者か騎士、
あるいは貴族や金持ちの商人が持つような代物だな」
「でも、それが自分の家とは限らないですよね」
レイはそう言って、小さくため息をついた。
「色々と見て回れば、何か思い出せるかもしれないニャ」
サラが前向きに言葉をかける。
「そうだな。この町にも図書館の先に、石畳が敷かれた白い壁のお屋敷があるじゃないか」
「そんな家ありましたっけ?」
レイが首を傾げると、すかさずサラが答えた。
「赤い屋根の家ニャ!」
「あはは、これじゃどっちが住人なんだか、分からないですね……」
自分に対して静かにツッコミを入れつつ、レイは言った。
「わかりました。自分の記憶を頼りに、明日その赤い屋根のお屋敷を見に行ってみます」
「何か分かるといいニャ」
サラが優しく言った。
そして、本来の目的であるフィオナの二度目の治療を行うことに。
レイはフィオナの部屋に向かい、昨日と同じように患部以外をタオルで隠してもらいながら治療を施した。
今日も魔力を流し、神秘的な雰囲気の中で手をかざす。五つ数えるあいだにナノボットによる治癒が完了する。
今回は全体の回復量のうち、次回の治療までに三割を治すようにナノボットの調整をした。
加えて、昨日フィオナの体内に常駐させていたナノボットは、アルが入れ替えを行ったようだった。
治療を終えたレイはその場を後にし、赤レンガ亭を出て、自分の泊まっている宿屋へと向かう。
(なあアル、オレの記憶の中の風景をもっと鮮明にできないかな?)
問いかけると、すぐに返ってきた声があった。
(言語情報を収集して会話することは可能ですが、脳内の映像記憶を解析する技術は、まだ発展途上ですね。
現時点では、正確な再現は難しいです)
「やっぱり無理か〜……」
嘆くレイに、アルはさらに続ける。
(そうですね。映像記憶を再現するには、脳波解析技術の向上と、高精度な脳インターフェースが必要です)
(それに今は、魔法開発やレイの体質改善にリソースが割かれていますから)
「……そうだよな」
納得はしたものの、正直、脳波解析とかインターフェースとか、レイにはさっぱり意味がわからなかった。
アルの言うことは、今日も難しい。
宿屋に戻ると、番台のお爺さんがいつも通り「ん」と一言だけ返し、鍵を渡してくれた。
――それで終わるかと思ったその時。
お爺さんは「ん」ともう一度だけ言うと、教会のシンボルが刻まれた封筒をカウンターの上に滑らせてきた。
封にはシンプルな封蝋がされている。
これ、司祭からの手紙じゃないか。
レイが驚いて顔を上げると、お爺さんはまた「ん」とだけ頷いた。
封を開けると、丁寧なカリグラフィでこう書かれていた。
「農地貸与の件につき、一度詳しくお話を伺いたく存じます。
つきましては、明日、日が南中を過ぎし頃、教会の執務室までお越し下さいますようお願い申し上げます」
またひとつ、やるべきことが増えた――そんな予感と共に、レイは手紙を封筒に戻した。
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