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第365話(林ステージ開幕)

試合の朝、街は早くからざわついていた。

石段の観覧席には、すでに住人のほとんどが集まっている。

露店の香ばしい匂いが漂い、住人たちは柵の隙間から中を覗き込んでいた。ざわめきは興奮と好奇心で混じり合い、石壁に反響して波のように広がる。



控室の奥、ディナは腕を組み、黙って立っていた。

冷たい石壁の感触が背中に伝わる。やっとレイたちの準備が整ったようだ。


ディナにはよく分からなかったが、レイは一人一人に握手をして回り、それを二度繰り返していた。何かのおまじないなのかもしれない。ジンクスを大事にする冒険者もいるだろうし、口出しはやめておくことにした。


「ディナさん、お待たせしました。もう大丈夫です」


「ここから先は、自分の写し身がアリーナに立つのよ。入る準備はできた?」


「はい、大丈夫です」


「アリーナに入ったら、多分戦闘開始のアナウンスが響くわ。それまでは作戦会議に使ってちょうだい。それと直前までどのステージになるか分からないから周りを把握してね」


「了解です」


ディナとの話が終わるとそれぞれが箱の前に進み始めた。


まずフィオナが一歩踏み出し、箱の中へ入った。

中の光が一段と強まり、しばらくして静かに収まる。


続いてリリーが隣の箱に入り、セリア、サラ、イーサン、ボルグルも順に入っていく。

そのたびに光が強くなり、やがて落ち着く――まるで何かを送り出したあとのように。


最後にレイが静かに箱の前に立ち、深く息を整える。

足を踏み入れると、視界いっぱいに白い光が広がった。

その瞬間、遠くでアルの声が聞こえた気がした。


――気がつくと、レイはアリーナの一角にある砦の中に立っていた。

外には林が広がり、左右には道が続き、遠くにはもう一つの砦が見える。

そして周囲には、すでに仲間たちの姿があった。

みなそれぞれの位置に配置され、アリーナの戦闘準備が整っているようだった。


「ここがアリーナ……?」

「すごい……本当に別の体が戦うんだ」

「写し身だけど、動きは正確ね……」


皆が手を握ったり体を動かして感触を確かめる。どうやら無事に写し身に移れたらしい。


(アル、オレは大丈夫そうだけど、アルはどう?)

しかし、アルからの返事はない。


「アル……?」


近くにいたフィオナが、レイの様子に気づいて声をかける。

「どうした、レイ?」


レイは小さく息をついた。

「やっぱり、アルの言った通りになっちゃいました」


「そうか。やはりアルは写し身の中には入れないか」

フィオナは軽くうなずき、心配そうに続ける。

「で、身体の方はどうなんだ?」


「そっちは問題なさそうです。ただ、アルがいないので、派手に動くと息切れしそうですけど」


「それは普通の反応だな。大丈夫、終われば元通りになるさ」

フィオナはいつもの調子で笑い、レイの肩を軽く叩いた。


リリーが近づきレイの顔をのぞき込みながら言う。

「アルの声、やっぱり聞こえないの? でもきっと、外から見守ってるはずよ」


レイはうなずく。

「そうですね。なんか反応が無いから落ち着かないけど……」


セリアが軽く息をつき、周囲を見回す。

「そう。なら今は気にしすぎない方がいいわ。それで、どうやら林ステージみたいね。作戦、どうする?」


イーサンが周囲を見渡しながら口を挟む。

「敵の姿は見えませんが、林の奥に道が続いています。先に偵察しますか?」


レイは地面に視線を落とし、林の形を思い浮かべながら答えた。

「いや、偵察はなしで。左右の道に二名ずつ。敵の注意を分けた方が安全です。もし先で敵がこちらより多ければ、戦わずにすぐ戻ってください」


「じゃあ、片方の道から七人全員が来たらどうするの?」

セリアが眉をひそめて尋ねる。


レイは遠くの砦に視線を向けた。

「その時は砦まで引き込みます。逆側の組が空の砦を確認したら戻ってくるはずです。そうすれば挟撃の形が取れます。砦で防げば、数の差もなんとかなると思います」


セリアは短く息を吐き、納得したようにうなずいた。

「なるほど……単純だけど理にかなってるわね」


レイは軽く肩をすくめた。

「林の中を無理に突っ切るより、地形を使った防御の方が確実です。あとは敵の出方次第ですね」


「だったら速攻だニャ」

サラの声が静かに響いた。


レイは苦笑してうなずく。

「ええ。アルが言っていた通り、今の“最適化”は時間限定です。長期戦になると、体への負担が増えるらしいです」


アリーナに入る前、レイは一人一人と握手を二度ずつ交わしていた。

外から見れば奇妙な儀式のようにも見えたが、それはアルの計算によるものだった。


握手の際、ナノボットがメンバーの体内に送り込まれ、視力や聴力、反応速度といった感覚が一時的に強化された。

そして二度目の握手で、ナノボットは再びレイの体へと戻っていった。


「じゃあ、レイ君はボルグルとイーサンに任せて砦で待機ね。私たちは二手に分かれて、左右の道から相手の砦を目指しましょうか」

セリアがそう告げると、フィオナが腕を組んでうなずいた。


「うむ、それがいいな。連携を考えると、私とサラ、セリアとリリーで別れた方が良いだろう」


「いや、ワシらも動いた方が良いんじゃないかのう?」

ボルグルがぼやくと、リリーが軽く笑って肩をすくめた。


「多分、身体の反応がいつもと違うから、砦の中で少し動いて感覚を掴んだ方がいいと思うわ。私たちも最初はその違いに戸惑ったくらいだし」


「そんなもんかのう?」

とボルグルが頭をかいた。


その瞬間、空から澄んだ声が響いた。

アナウンスだ。


『――カルタル最強の七人、無傷で海を渡ってきた挑戦者たちとの戦いを、これより開始します!』


場内が一気に沸き立つ。アリーナの空気が熱を帯びた。


フィオナとサラ、セリアとリリーが左右の道へと分かれて走り出す。

砦の前には、静かに状況を見守るレイと、老練なボルグル、イーサンの姿が残った。


林の奥へと消えていく仲間たちの背中を見送りながら、レイは拳を握った。

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