第364話(挑戦者たちの噂)
今日から書き溜めた分を放出します。
翌日、街のあちこちでコロッセオの話題が耳に入った。
「聞いたか? あの七人の挑戦者、魔法使いがいるらしいぞ」
「そう魔法、しかも水魔法だってさ」
「まじか……魔法使いなんて見たことねえよ」
噂はあっという間に広まり、商店や酒場、広場でも誰かが誰かに話していた。二つ名も名前だけで伝え聞く限りでも派手に響いた。
「絶壁のボルグルって、どんな巨人なんだよ……」
「疾風迅雷のサラ? 弓の達人らしいな」
「死神の微笑みって、名前だけでも怖いわ」
「コロッセオの中に、女の人達が入って行くのを見たよ」
「え、あの姉ちゃんたちが挑戦者なのか?」
「やばい、おれ、絶対見にいく」
普段は敵として良く対峙しているリュカとヴァルドが同じチームにいるという話も伝わってきている。
「リュカとヴァルドが一緒って、ありえねえだろ」
「槍に盾に弓、ハンマー、棒術、投擲斧……元Aランクの連中で固めるんだから、相手も相当強いんだろう」
伝聞の断片だけで、人々は想像を膨らませる。
「いや、あの挑戦者、化け物ぞろいだな」
「魔法使いがいるだけで街中がざわつくってんだから、すごいもんだ」
現場を見ていない者同士が勝手に興奮を増幅させ、街全体がその話題でざわつく。
「めちゃくちゃ綺麗な女の人たちなのに、戦うのか……」
「こりゃ観戦しない手はないな」
「昨日、エルフが歩いてるのを見たぞ。信じられないくらい綺麗だった」
「いや、四人とも甲乙つけがたいって話だ」
こうして、街の大人たちは噂だけで興奮し、期待と好奇心がざわめく街並みを作り上げていた。
おかげで街の中を歩く事も出来なくなったレイ達はコロッセオの中で過ごさなければならなくなった。住民の声は遠くからでも聞こえ、周囲のざわめきが壁を伝って届く。レイたちは本番までここで待機しなければならず、女性陣の不満は日に日に募っていた。
「せっかく船から降りられたのに、お風呂にもいけないなんてどうなってるの!」
セリアが腕を組み、ため息をつく。
「お風呂に入りたい……ほんの少しでもいいから」
リリーが呟き、タオルを握りしめた手に力が入る。
「こっそり抜け出すしかないな」
フィオナが小声でつぶやくと、セリアも軽く頷いた。
すると、控え室の扉が開き、ディナが入ってきた。彼女の存在が、女性陣の不満を一層増幅させる。
「……ディナ殿、どうなってるんだ?」
「一体、何をするとこんなに騒ぎになるのよ……」
「ちょっと、なんで二つ名を出したのよ!」
ディナは帳面を見ながら控え室の一角に腰を下ろした。
「この街はあんまり女性が多くないのよ。だから女性がコロッセオの試合に出るって知ったら騒ぎになっちゃってねぇ」
女性陣は顔を見合わせ、ため息をつく。セリアが小さく腕を組みなおし、ひとつ吐き出す。
「それなら仕方ないけど……どうにかならないのかしら、この騒ぎ……」
ディナは少し笑みを浮かべ、帳面を指さした。
「賭けも予想以上に盛り上がってるのよ。相手は無敗のガレオだから、街の人から見てもカルタル側が有利ってわけ」
リリーは軽く肩をすくめる。
「なるほどね。仕方ないわね」
ディナはさらに口元をほころばせ、女性陣を見回した。
「それでね、あなたたちにも訊きたいの。自分たちの勝利に賭けるつもりはある?」
一瞬、部屋が静まり返る。
女性陣は顔を見合わせ、すぐに興味津々の表情になる。金を出し合うなら、レイやボルグルも参加することになるのだ。
「面白そうじゃない? 二つ返事で賭けちゃおうかしら」
セリアが笑い、リリーも小さく頷いた。
「これで良いかニャ?」
サラはすでに王国金貨を握っていた。
「ワシも出すぞい」
ボルグルも金貨を手に握り締めた。
しかし、レイの顔はみるみる青ざめる。
(え、オレも…? いや、そんなに持ってない……いや、あるけど……どうしよう、慎重に……)
孤児院で育った庶民感覚が、金貨を出すことへの恐怖を刺激していた。
「え、あ、あの……オレは……ちょっと……」
声が小さく、どもりがちになる。
ディナは目を見開き、驚いた表情でレイを見つめる。
(え? 貴族の坊ちゃんじゃないの? もしかして、お金を使ったこともない?)
「ま、まあ、無理にじゃないわよ。でも、出すなら早めに決めた方が良いと思うわ」
その様子に女性陣はくすくす笑いだした。
「相変わらず金銭感覚だけは庶民ね、レイ君」
セリアがからかうように言う。
「ほんと、ここだけはいつも慎重すぎるわ」
リリーも笑いながら付け加える。
「賭けでびびる男なんて珍しいニャ」
サラもにやりとしながら言った。
フィオナが小さくため息をつき、腕を組む。
「預金だけでも屋敷が買えるほどあるのに、ここだけは変わらないのだな」
レイは耳まで赤くして、必死に言い訳する。
「ち、ちがうんだ! 無駄遣いはできないっていうか……慎重なだけで……」
女性陣の視線が痛く、重くのしかかる。
これ以上引き延ばすと、余計に笑われるのは目に見えていた。
(仕方ない……ここは出すしか……)
レイは手を震わせながら金貨を一枚取り出した。
「えっと……これで……勘弁してください」
ディナは少し困惑していた。
「ちょっと、それってアタシが強請ってるみたいじゃない」
ディナは小さく肩をすくめた。
その場には、なんとなく和んだ空気が流れたのだった。
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