第363話(コロッセオのルール)
次の日、レイ達が泊まったコロッセオにディナがやってきた。ディナは書類を確認しながら、静かに説明を始めた。
「あなたたちが探している“盾”を、ガレオが持っているのは確かよ。いつだったかコロッセオの試合で勝ったら、普段は開かないステージの門が開いて、その奥にいくと盾が置かれたの」
彼女は視線を上げ、レイたちの反応を見ながら続ける。
「ただし、それが本当にあなたたちの探している“盾”なのかまずは確認してもらう必要があるわ」
セリアが腕を組んで言う。
「確認したあとで、交渉ってことね」
「ええ。本物かどうかを確かめてから、次の話に移ろうと思っていたのだけど……」
ディナは一枚の書類を机に置いた。
「ガレオ側は“交渉”じゃなく、“勝負”で決めたいと言っているの。コロッセオのルールに従って、お互いの望むものを賭けてね」
ボルグルが顔をしかめる。
「つまり、戦って奪い合えってことじゃわい」
「昨日も言ったけど、この街ではそれが通例なのよ」
ディナは苦笑しながら肩をすくめた。
「カルタルでは、揉め事は最終的にコロッセオで決着をつける。力のある者が正しいとされるの。昔からね」
控え室の外から、歓声とざわめきが響いてくる。
レイはその音を聞きながら、静かに息を吐いた。
「……つまり、俺たちはもう見世物みたいなもんか」
「そう思っておいてちょうどいいわ」
ディナは涼しい顔で書類をまとめる。
「ガレオはもうすぐ来る。正式な手続きは、彼が到着してからよ」
話していると、控え室の扉が開いた。ディナはガレオだと思い振り向く。だが、そこに立っていたのはゲラルドだった。
手には、ガレオの盾と、何枚かの書類の束を持っている。
「なんでゲラルドが来てるの?」
ディナが眉をひそめて尋ねる。
「ガレオが忙しいってさ。だから俺が代わりに来たんだよ」
ゲラルドはにやりと笑う。
「盾と試合の調印の書類は、ガレオのサイン入りだぜ」
「ほら、これがガレオが見つけた盾だぞ」
ゲラルドはわざとらしく軽い口調で言い、盾が入った布の袋を机の上に置いた。
「“あんたらが探してる盾”で間違いないか確認してくれ。それが済んだら、サインしてくれよ」
レイは慎重に盾を手に取り、刻まれた文様を見つめた。
確かに、どこかで見覚えのある紋様だった。
(レイ、かすかですが盾が共鳴しています。聴力のリミットを解除します)
レイが強化した耳を近づけると、微かに低い共鳴音が響く。
「……間違いない。この盾だ」
レイの言葉に、セリアも静かにうなずく。
その様子を見て、ゲラルドは満足げに口の端を上げた。
「じゃあ話は早ぇな。勝負に勝てば、その盾はあんたらのもんだ。そこにサインをしてくれ。望むものに盾って書いてな。ガレオのサインは、もう入ってるし、文句はねぇだろ?」
ディナは書類を一瞥し、無言で眉を寄せる。
相手に望むものの欄が黒く塗り潰され、その横に「船」と書き足されていた。
(……やっぱり。ガレオ本人が来ないのは、都合が悪いから。ゲラルド、あんたが仕組んでるわね)
彼女は軽く息を吐き、レイの反応を待った。
レイは短く息を整え、静かに口を開く。
「……船は、前にも言った通り、賭けの対象にはできません」
ゲラルドは肩をすくめ、あくまでとぼけたように笑う。
「そう言うなよ。こっちは正式な書類にサインまで入ってるんだ。ガレオ本人の、な」
その言葉にレイが言葉を詰まらせた瞬間、ボルグルが腕を組んで口を開く。
「レイよ。勝負に勝てば盾が手に入るんじゃろう? 何を気にしてるんだぞい?」
「ボルグルさん、船はこの航海の前に、あなたから借りたものです。それを賭けに使うわけにはいきませんよ」
「なんじゃい、そんなことなら気にせんでええわい」
ボルグルは豪快に笑い、テーブルを叩いた。
「勝てば船はそのままで盾が手に入るんじゃろう? なら勝てば良いだけじゃわい!」
「おお、ドワーフの旦那、いいこと言うじゃねぇか」
ゲラルドがニヤリと笑う。
「そう、これは“交換”じゃない。勝った方が総取りだ。そっちが勝てば、船も取られず盾も手に入る。公平だろ?」
レイは眉を寄せ、視線を落とす。
理屈では分かっている。だが、どこか騙されているような気分になる。
「これ以外に、盾を譲ってもらう方法はないんですか?」
レイの問いに、ゲラルドはわざとらしく肩をすくめる。
「盾を手に入れたのはガレオだ。あいつは“ルールに則った戦い”で決着をつけたがってる。他はない。嫌なら諦めてくれ」
短い沈黙のあと、レイは静かにペンを取った。
「……分かりました。受けて立ちます」
ゲラルドは満足げに笑い、書類をまとめる。
その笑みの奥に、確かな思惑が隠れていることを、レイもディナも感じ取っていた。
レイが署名するのを見届けながら、ディナはわずかに眉をひそめた。
(……やっぱり仕組まれてた。私も騙されたんだ)
ゲラルドの横顔を見ると、胸の奥が重くなる。
自分がその片棒を担いでしまったことに気づきながらも、もう止めることはできなかった。
ディナは少し周囲を見回し、声を落として言った。
「これから戦う相手を教えるわ。まず、この街では“コロッセオのルール”が絶対って言ったでしょ。だからこれから戦う相手は、誰かに雇われてコロッセオで戦う傭兵同士なのよ」
彼女は指先で机をとんとんと叩きながら続ける。
「つまり、組んで戦うのは即興に近いの。けどね、昔から組んでたのが一組いるハウラーとアレハンド。弓とハンマーの連携よ」
ディナの視線が一瞬だけ揺れた。
「……あんたたちが不利にならないよう、これくらいは伝えておく。聞かなかったことにしておいて」
レイは短く息を吐き、彼女を見つめた。
「助かります」
「別に助けてるつもりはないわ。ただ……ゲラルドのやり方、気に食わないだけ」
そう言い残し、ディナは踵を返して部屋を出ていった。
その背に、どこか後ろめたさの影が差していた。
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