第356話(共鳴する盾)
レイたちが尖塔のある扉を開けていた頃、イーサンは船の甲板にいた。
球体の魔法陣が開いた後、それが閉じるような予兆がないか、注意深く観察している。
何か異変があれば、すぐにレイのもとへ駆けつけられるよう、待機していたのだ。
ふと、レイの部屋の方向から微かに耳を打つ音がすることに気づいた。大きな音ではない。しかし、かすかに「キーン」と高い響きが脈打つように繰り返されている。
イーサンは静かに部屋に入り、音の正体を探した。視線の先には、龍神から渡されたあの盾が、ゆっくりと脈動しながら小さな音を発していた。これまで盾がこんな風に反応したことはない。
「……どういうことだ?」
イーサンは盾を手に取り、何に反応しているのか確かめようとした。球体の方向へ向けると、盾はわずかに脈動を変え、光の流れが一瞬揺らめく。
「もしかして……この盾に反応する何かが、球体の中にあるのか?」
レイの身に何か起きているかもしれないと思い、イーサンは念のため武器を持つことにした。自室に戻り、ショートソードを腰に差し、盾を握り直す。
甲板へ出ると、ちょうど通りかかったプリクエルに声をかける。
「ちょっと、盾が何かに反応しているようなので調べてきます。もし球体の魔法陣に異変があったら、汽笛か何かで知らせてもらえますか?」
「分かったぜ。気をつけろよ!」
了承を得たイーサンは、盾をしっかり握り、板を伝って球体の中へ足を踏み入れた。
***
一方、レイたちは石像に囲まれていた。
一体一体は弱いが、数が多く、小さい分だけ復元も早い。攻撃しても次の瞬間には元の形に戻り、まるで終わりのない戦いのように思えた。
石像たちは、レイたちから砂山の上の盾を守るかのように、その周りに集まり、同時に攻撃の手を伸ばしてきた。
「もう、鬱陶しいわね!」
リリーが大鎌を振り下ろし、石像を薙ぎ倒す。
「嬢ちゃん、そんなに前に出ると危ないぞい!」
ボルグルはシールドバッシュで石像を叩き崩した。
フィオナも少し離れた場所で、短剣に風魔法を纏わせたゲイルブレイドを横薙ぎにし、石像をなぎ払っている。
「なんでコイツら、今まで止まってたのに急に動き出したんだろう?」
セリアが短剣を構えながら疑問を口にする。
「オレたちが来たからじゃないんですか?」
「いや、こんなに動けるなら、最初から動いてれば、ここに入る時、少しは躊躇ったでしょう?」
「躊躇うけど、多分戦うニャ!」
レイたちは会話を交わしつつも攻撃をやめず、石像に斬りかかり続けた。
(レイ、空気中の魔素かもしれません。ここに入った時よりも、空気中の魔素濃度が上がっています)
「それって、オレたちが球体の扉を開いちゃったからか?」
(その可能性は高いです)
「クソっ、何とかならないか……コレ」
レイは剣を地面に刺すと、両手を地面につけ、ライズをあらゆる方向に走らせた。
本来は土を盛り上げるだけの魔法だが、レイとアルの工夫により、槍のように突き出したり、何本も同時に生やしたりと自在に操れる。
地面のあらゆる場所にライズを走らせることで、魔力の残滓が地面に残り、その範囲内で大地震を起こすことができる。これがテラ・クエイクの原理である。
だが、ライズを走らせた瞬間、異変が起きた。
石像の動きがわずかにぎこちなくなるのだ。
「……コイツら、土魔法に反応するのか?」
ならばと、レイはライズ、セトル、ウォール、バレットと、土魔法を立て続けに叩き込んだ。
ライズに刺し貫かれる石像、セトルで足元が崩れる石像、ウォールに取り込まれる石像、バレットで吹き飛ぶ石像。それぞれが混乱し、砕け、倒れ、動きは完全に乱れた。
砂煙が舞う中、乱れた石像の間を縫うように、イーサンが飛び込んできた。
左手には火の盾を抱え、右手にはショートソードを握っている。しゃがむレイと、ぎこちなく動く石像の間に立った。
「レイ様、大丈夫ですか? お怪我は?」
イーサンがレイに向かって叫ぶ。
「イーサン、大丈夫。土魔法を使っていただけだよ」
レイは何事もなく立ち上がる。
「あっ!」
立ち上がったレイを見て、自分の勘違いに気づき、イーサンは息を呑む。
「でも、いいところに来てくれたみたい。その盾が近くに来たことで、土の盾が光り始めたよ。キーンって言う音も一段と大きくなったし」
レイの言葉に、イーサンは視線を砂の山の上にある盾に向ける。
確かに盾同士が共鳴しているようだ。
イーサンは手に持った盾を砂の山の方へ向け、少しずつ近づける。
すると周囲の石像たちが呼応するかのように、砂の山の形へと変化していった。
「……これで、ケリがついたのか?」
フィオナが短剣を下ろしながらつぶやく。
リリーも大鎌を腰にかけ、セリアやサラも武器を収めた。
レイはイーサンの後を追い、砂山に近づいた。
その時、アルの声がレイの頭の中に届く。
(レイ、砂山の周りを見てください。あれだけ出鱈目に撃った土魔法ですが、全てこの砂山の手前で防がれています)
「うわっ……もしイーサンが盾を持ってきてくれなかったら、また巨人が復活していたかもしれないな」
レイは砂山の上にある土の盾に手を伸ばし、しっかりと握り取った。
共鳴する音は静かに止み、光も収まる。
砂煙がゆっくりと舞う中、戦いはひとまずの決着を迎えた。
その後、尖塔のある建物の内部も調べてみたが、有力な手掛かりは一枚の壁画だけだった。
その絵には、中央に今の球体と思われる構造が描かれ、その上空には翼を広げた龍がブレスを吐いている。
球体の下部には沈みゆく海底の神殿が描かれ、右側には剣を手に戦う兵士、左側には大荒れの波が勢いよく描かれていた。
レイはそれをしばらく見つめ、小さくつぶやく。
「……次の場所の手掛かりかもしれないな」
なお、アルがこの球体の中にあった砂を「粉薬」としてレイに飲ませたのは言うまでもない。
レイたちが盾を手に球体を出ると、背後の魔法陣が淡く光を放ち、入り口がゆっくりと閉じていった。
完全に閉じた瞬間、これまで見えていた都市の輪郭が、靄に包まれるようにして次第に消えていく。
そのときを待っていたかのように、風が吹いた。
凪いでいた海面が、きらきらと光を反射し始める。
「おお、風が吹き出したぞ!」
「帆を下ろせ!」
張られた帆が風を受け、大きくはためいた。
船体がきしみを上げながら、ゆっくりと前へ滑り出す。
水面を切り裂く音が、静かな海に広がっていった。
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