第355話(土の盾とガーディアン)
――カシャン。
レイは、球体に入ったときの音を思い出した。
あのときも、どこか遠くで“カシャン”という金属音が響いたのだ。
「……これ、もしかして動き出すんじゃないですか?」
セリアが肩をすくめる。
「ちょっと、レイ君。そういうこと言わないで」
フィオナが顔をしかめた。
「何か、すごく嫌な予感がするな」
――カシャン。
その瞬間、空気のどこかがわずかに震えた気がした。
レイが素早く周囲を見回す。
「……ちょっと、一旦出ましょう」
サラが焦ったように辺りを見回す。
「シルバーはどこニャ!? この中にいるはずニャ!」
シルバーの足跡を追っていくと、その先には一際大きな砂の山があった。
シルバーはその前で、じっと動かず仁王立ちしている。
次の瞬間――砂が“ずるり”と音を立てて動いた。
山の中心から、ゆっくりと何かが形を取っていく。
腕。胸。頭部。
砂が流れ落ちるたび、そこに現れるのは岩のように硬質な巨体だった。
それは、眠りを破られた守護者のように、砂を自らの体に変えながら立ち上がる。
――カシャン。
静寂を裂く音が、再び響いた。
砂がすべて巨人の体に吸い込まれた瞬間、その胸部の奥から淡く光るものが現れた。
金属でも石でもない。
淡い黄色の光を帯びた、乳白色の結晶。
表面は滑らかで、内部に層を成すように光が沈んでいくのが見えた。
それは、まるで陽光を閉じ込めた大地の結晶のような盾だった。
火の盾が脈動するように揺らめくのに対し、この盾はゆったりと呼吸するかのように、穏やかに光の濃淡を繰り返している。
そして盾からは、「キーン」とかすかに脈動する音も聞こえてくる。音は光の濃淡に合わせるように、柔らかくリズムを刻んでいた。
フィオナが息をのむ。
「二枚目の盾だ!」
セリアが顔をこわばらせた。
「ってことは……あの巨人を倒さないと、手に入れられないってこと?」
その瞬間、シルバーが駆け出す。
砂煙を巻き上げ、巨人に向かって一直線に突進した。
巨人は腕をゆっくり持ち上げる。
しかし、避けるのではなく、まるで大地そのものが動いて防ごうとしているかのようだった。
シルバーの突進が巨人の腹部に直撃する。
――ドゴッ。
その部分が砂のように崩れ、飛び散った。
だが、飛んだ砂はすぐに周囲から集まり、欠けた部分を補うように元の形に戻る。
まるで、この空間そのものが生きていて、自らの身体を修復しているかのように。
レイは眉をひそめる。
「……再生してる。これ、ただの砂じゃない。この場所にある砂そのものが、あいつの身体だ」
「面白い相手じゃぞい」
ボルグルは自前の盾と斧を構え、レイたちの前に立った。
「ワシが攻撃を惹きつけるぞい!」
そう言うと、盾と斧の背をぶつけ、大きな音を響かせる。
巨人はその音に反応するように手を伸ばした。
ボルグルは盾を構え直し、巨人の腕めがけて突進する。
――バシャッ!
盾がぶつかる衝撃で、巨人の手は砂のように弾け飛ぶ。
しかし、弾けた砂は再び巨人の身体に吸い込まれていく。
「連続で、攻撃しましょう! 再生まで時間がかかるから、削り切れます!」
レイは叫び、剣を構えて巨人に突進した。
フィオナは短剣に風魔法を纏わせ、ゲイルブレイドのように旋風を伴った斬撃を放つ。
セリアは身体強化魔法を使い、素早い身のこなしで短剣を振るう。
サラも身体強化を施し、双剣を鋭く振り下ろした。
リリーは大鎌を大きく振りかぶり、斬撃ごとに砂を巻き上げる。
ボルグルは斧を強く握り、盾で防御しつつ腕を振るう。
――バシャッ! ――ザッ、ザッ。
飛び散る砂が光を反射し、巨人の腕や脚が砂の粒となって弾け飛ぶ。
レイの剣が巨人の腕に直撃し、砂が散り、腕が消えた。
フィオナの旋風が残りの腕を切り裂き、砂煙が舞う。
セリアとサラの連続斬撃で、片足も吹き飛ぶ。
――バシャッ! ――ドサッ!
巨人の身体が傾き、岩のような体躯は支えを失い、ぐらりと不安定になる。
砂の飛散とともに、まだ形を保つ巨人の体は、あたかも自らの欠けた部分を確認するかのように揺れた。
その隙をつき、シルバーが突進する。
重心を保っていた巨人の足に体当たりすると、
――ドンッ! ――ドシャァッ!
巨人は地面に倒れ込んだ。
砂煙が舞い上がり、空中の砂粒が光を受けてきらめく。
巨人はゆっくりと再生されかけた腕を伸ばすが、傾いた身体を完全に支えきれず、崩れ落ちた。飛び散った砂粒が光を反射してちらつく。
「やったか?」
レイが剣を握りしめ、息を整えながら巨人を見据える。
だが、倒れた巨人の胸部や腕の関節から、微かな金属音が響き始めた。
――カシャン。――カシャン。
最初は、巨人の腕の関節からだけだった音が、次第に周囲に広がった。
砂の中で、レイたちの後ろ、整然と並ぶ小さな石像たちが、微かに動き始めていたのだ。
――カシャン。――カシャン。――カシャン。――カシャン。
音は増え、規則的だったリズムは乱れ、空間全体に響き渡る。
まるで、この場所全体が生きていて、今や一斉に目覚めたかのようだった。
「ものすごく嫌な予感がするな」
「私もそう思った…」
フィオナが短剣を構え、風魔法をまとわせる。
セリアは身体強化を解きつつ、石像たちの動きを見つめる。
サラは双剣を握り直し、リリーは大鎌を構えたまま、連鎖する“カシャン”の音に耳を澄ます。
ボルグルは斧を肩にかけ、倒れた巨人と小さな石像たちの様子を警戒した。
――カシャン。――カシャン。――カシャン。
音はどんどん増え、ついに空間全体を支配した。
全員の背筋に、強い緊張が走る。
――カシャン。
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