第352話(海上に浮かぶ球体)
凪が続いて南方探索が進まなくなるのを避けるため、レイはシルバーと船の両方で島を探す作戦に出た。
シルバーで船と並行に海上を走りながら、見張りの目が届くぎりぎりの範囲まで離れて周囲を確認し、少しでも探索範囲を広げようとしていた。
(レイ、そろそろ船の見張りがこちらを追えなくなりそうです。戻りましょう)
「了解。シルバーは大丈夫か? 魔力、使い過ぎてない?」
「ヒヒィィン!」
凪いだ海面を軽やかに蹴り、シルバーは船の方へと滑るように戻っていく。
「よし、次は船の後ろを回って右舷側に行こう」
船を回り込んで右の方へ進んだとき、レイの視界に遠くでキラキラと光るものが映った。
「アル、あそこに何かある。拡大できるか?」
(視界を拡大します)
視界が徐々にクリアになり、海上の遥か向こうに半円形の構造物が浮かび上がった。
「なんだ、あれは……?」
(もう少し近づいてみましょう)
レイは手綱を軽く引き、シルバーが速度を落とす。
海面を蹴る水しぶきが小さくなり、静かな波の音だけが耳に届く。
ドームの表面はガラスのように光を反射し、近づくにつれてその輝きがゆらめいた。
光を透かした膜の中に内部の構造がうっすら浮かび上がった
塔のようなもの、階段状の建物、そして中央には巨大な円形の広場らしき空間があった。
「ガラス……? いや、都市だ……ドームの中に閉ざされた都市だ」
海上に浮かぶその光景は、まるで神話の世界から現れたかのようだった。
凪の海に、ひとつだけ静かに佇む“ガラスの島”──人工的な構造でありながら、どこか神聖な気配を放っていた。
レイは息をのんだまま、ドームを見つめ続けていた。
だが、そのときアルの声が耳に響く。
(レイ、一旦船に戻ってもう一度ここに来ましょう。このままだと船と逸れてしまいます)
「了解。シルバー、一度戻ろう」
シルバーが小さく嘶き、ゆっくりと身を翻す。
海面を滑るように、船の方角へと駆け戻っていった。
船の近くまで戻ったレイは、静かな海面に声を響かせた。
「ルーク船長! 南東の方向に、半透明のドームのような構造物があります! 島というより、完全に人工物です。位置の記録をお願いします!」
声は静かな海に遠くまで届く。
ルーク船長はすぐに応じ、操舵士と航海士に指示を出した。
「面舵、六分の円周! 進路、東南東! 航海士、座標を記録!」
レイは船と並行して海上を進む。回頭を終えた船を見届けると、シルバーに合図を送った。
「よし、シルバー、先行してあのドームをもっと近くから確認しよう!」
レイはシルバーの胴を軽く蹴り、滑るように駆け出させた。
遠目にはまるで小さな島のように見えたが、近づくほどに人工的な形だと分かる。
「……港がないな」
レイは小さくつぶやいた。
ドームを覆う透明な壁は厚く、光を屈折させて内部を揺らめかせる。船をつけられそうな隙間も、浅瀬も、どこにも見当たらなかった。
レイは右舷に回り込み、都市を一周する。ぐるりと観察してみるが、やっぱり上陸できそうな場所はない。
「一周してみたけど……やっぱり、ここ、どこからも入れそうにない」
(外からは完全に閉じられた構造のようです)
昼の光に反射して揺れるドームの輪郭。内部の建物はうっすらとしか見えず、まるで水上に浮かぶ魔法の都市みたいだ。レイたちは、静かにその不思議な光景を見つめていた。
船上でも、ほぼ全員が呆気に取られたように島を見つめている。
フィオナがレイに声をかける。
「レイ、どこからか入れないのか?」
「フィオナさん、島を一周回ったんですけど、港も浅瀬もないんです。周りは全て、このガラスのようなドームで覆われています」
セリアも大声でレイに話しかける。
「レイ君、海底はどうかな?」
「なるほど!ちょっと潜ってみます!」
そういうや否や、レイは海に飛び込んだ。
アルはレイが呼吸出来るようにナノボットに周囲の水を分解させる。酸素を抽出して呼吸を支援した。
(レイ、光源を出します。魔力鞭を手に纏わせてください)
「了解!」
レイは手のひらから魔力鞭を少しだけ伸ばす。ナノボットが光を放ち、簡易の懐中電灯のように海中を照らした。それを島に向けてみて、思わず息を呑む。
表面は緑色の藻や小さな貝でびっしり覆われ、長い年月を漂ってきた証のように、海水の中で揺れる付着物が淡く光を反射していた。
だが、光の当たった部分を追いながら輪郭を目でなぞると……丸い形が、ゆらりと浮かび上がる。
(これ……浮いてるのか? 島じゃない! これ、球だ……!)
ぐるりと周囲を見回すが、球体には隙間も入り口も、どこにも見当たらなかった。
レイは思わず肩を落とし、心の中でぼそりと呟く。
(はあ……これ、球体の部分を全部確認しないとダメってことか……?)
諦め半分で、レイは仲間たちへの報告に戻るため、海面に向けて泳ぎ始めた。
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