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第350話 第十二章(銀の軌跡)

操舵席に戻ったルーク船長は、風がほとんど吹いていないことに気づいた。帆を畳み、スクリューで進むことを決める。


船は、帰らずの島と呼ばれていた龍神の住む島を左舷に見ながら進んだ。少し前、レイが龍の背に乗り、この島の上空を旋回して位置を確認したらしい。


言われた通りに進むと、次の島が見えてきた。

船は沖合で停泊し、海岸に向けて小舟での上陸を始めた。


レイは約束通りシルバーを放してやろうと、馬房の扉を開けた。

シルバーは好奇心に目を輝かせ、鼻をひくつかせながらこちらを見上げる。その瞬間、力強く前脚を蹴り出し、勢いよく船の縁を飛び越えた。


「シルバー、待って!」

レイは思わず声を上げる。


小舟に乗せるつもりだったのに、シルバーは船から海面へ飛び出した。

次の瞬間、レイは二度見した。蹄が水面を弾き、波しぶきが舞い上がる。その足取りは、文字通り海の上を駆けていた。白い泡が飛び散り、海面を蹴る音が響く。


「ん?…ええぇっ?」

レイは思わず声を上げた。


その光景に、見ていた者たちは皆、顎が外れたように目を見開いた。

シルバーは波しぶきをあげながら海の上を駆けていった。気づけば、あっという間に砂浜へたどり着いていた。


しばらく放心していると、「……シルバーって、海の上も走れたのね」と、同じく呆然としていたセリアの声が聞こえた。


レイたちは気を取り直し、小舟に乗り込んだ。


小舟が波を切りながら進む中、フィオナがぽつりと言った。

「我々は、シルバーの能力を見誤っていたのかもしれないな」


レイが振り返ると、彼女は苦笑しながら鞍を手にしていた。

「一度、これで海を走ってくればわかると思う」


「確かにそうなんですけど……大丈夫なのかな?」


(レイ、海の中でも呼吸が出来ますから、落ちても平気です)


「うーん……」

レイは困ったように息を吐いたが、結局、反論はできなかった。


小舟が砂浜に乗り上げると、レイは鞍を抱えてシルバーのもとへ歩いていった。

「シルバー、ちょっと運動してみない?」


「ブルルッ ヒヒィィィィン!」


白い砂が舞い上がり、シルバーは嬉しそうに前脚で砂を掻いた。


島から飛び出したシルバーは、久しぶりの全力疾走に鬱憤を晴らすよう、海の上へと駆け出した。


「シルバー、ちょ、ちょっと待って! 速い、速すぎーっ!」


鞍に跨ったレイは、しがみつくのに精一杯。

シルバーの能力を観察するどころの騒ぎではなかった。


だが、それは走っている間だけの話だった。


シルバーが徐々にスピードを落としていく。

「これって、沈むんじゃ……?」


レイが不安げに呟いたその瞬間、シルバーは海面の上にぴたりと止まった。

よく見ると、蹄の周囲で波が押し出され、円形のくぼみができている。

水面は沈んでいるようで、しかしその中心は硬質な何かに支えられていた。


「ええっ? どうなってんの?」


(レイ、観測結果を報告します。シルバーの蹄の周囲に、極めて高密度の風属性魔力が循環しています。これは単なる浮遊ではなく、蹄が接触する瞬間に魔力が水面を反発させているようです)


「反発?……つまり、水を蹴ってるってことか?」


(その通りです。ただし、魔力の流れ方が通常の風魔法とは異なります。蹄の接地ごとに、微細な空気の膜が瞬時に形成され、接触面を硬化させているようです)


レイは足元を見下ろした。蹄の下で海がわずかに凹み、押し出された水が波紋となって広がっていく。

蹄は沈むことなく、その凹んだ面に乗るように静止していた。


シルバーが鼻を鳴らす。

次の瞬間、蹄の周囲の空気が弾け、再び軽やかに走り出す。


海面に白い飛沫が舞う。速度を増すたび、風圧が頬を打った。


(さらに解析を続けます。その圧縮空気は前方へ押し出され、推進力にも変換されています)


「じゃあ、あの速度も……魔力の圧縮で?」


(ええ。風属性と筋力強化の二重構造です。シルバーは肉体そのものに魔力回路を内包しており、魔力を筋繊維の動作と同調させているようです。これにより、通常の馬の限界を超えた走行が可能になっています)


レイは呆然としながら、海の上を駆けるシルバーの背で風を受けていた。


(理論上、この構造は空中でも成立するはずです。十分な魔力供給と推進制御ができれば、シルバーは空も走行可能です)


「……空も、走れる……?」


波の上に残る白い軌跡を見つめながら、レイは息をのんだ。

しばしの間、シルバーは静かに海上を歩くように進み、風と波の音だけが周囲に響いた。


やがて、シルバーは再び速度を上げ、島を大きく一周する。

その足取りは軽く、海の上を駆けているとは思えないほど安定していた。


そして何事もなかったかのように、最初の砂浜へと戻ってきた。

シルバーが砂浜に戻ると、その姿を見ていた仲間たちが、一斉に駆け寄ってくる。


「レイ様! 本当に……海の上を走ってましたよね!?」

イーサンは目を丸くして、信じられないといった表情でシルバーを見上げた。


「我々は、シルバーの力を少々甘く見ていたようだな」

フィオナは冷静な声で言ったが、頬に浮かんだ笑みが驚きを隠せない。


セリアは波の方を振り返り、息をのむ。

「まるで……海が道みたいだった。蹄が沈まないなんて、どうなってるの?」


レイは深呼吸して答える。

「アル曰く、風魔法で水面を反発させているらしいです」


「それと、この島を一周回ってきたんですけど、何もなさそうでした。外れかもしれませんね」


すると、どこからともなく豪快な声が響いた。

「いや、この島は当たりじゃぞい!」

両手に果物を抱えたボルグルが、満面の笑みで駆け寄ってくる。腕の振り方も大きく、まるで周囲の空気まで揺らしているようだった。


「大丈夫なんですか?その果物?」

「平気じゃわい。鳥もこれを食ってたぞい」


そう言うと、ボルグルは片手の果物を大胆にかじりつき、ジュワッと甘い果汁をほおばる。咀嚼の音が豪快に響き、周囲の空気は少しだけ和んだ。


「それにしても、シルバーの走りには驚いたわい!船より早くて、探索も進みそうじゃぞい!」


ボルグルはもう片方の果物を掲げ、シルバーに向かって笑いながら言った。


「これ食うか?」

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