閑話(運命の輪郭)
アルは過去のアーカイブから、シルバーの思考を読み取るためにナノボット同士が情報をリレーした時のデータを呼び起こした。
当時の映像は残されておらず、音声データのみが存在していた。
アルはアーカイブを再生した。
ナノボットの衣擦れの軽い音が届く。レイがシルバーに手を伸ばした音だ。続いて、指先が毛並みに触れたかすかなざわめき。
その信号を追ううち、当時の自分の思考が浮かぶ。
(……どうして?)
目覚めたばかりの自分は、シルバーの思考で形成された“言語”がすでに自分のデータベースにあることに驚いたのだ。
アルはその感覚を再び体感する。
音も、疑問も、驚きも――すべて、当時のままに戻ってくる。
あの時の思考は、目覚めたばかりの自分がレイと意思疎通を試みた時にも起きていた。そう、最初にレイと出会ったあの瞬間も、レイの思考言語はすでに自分のデータベースに組み込まれていたのだ。
アーカイブの再生が終わる。
アルは静かに思考を巡らせた。
あの時は、多言語の一つが偶然データベースに存在したのだと解釈した。
だが、後に続く出来事を考えれば、偶然とは思えない。
誰かが――あるいは何かが、アルとこの星の生物を“つなぐように”設計したのだとしか思えなかった。
(私は……この星の何かと、最初から繋がっていたと考えるのが妥当です)
思考を整理しながら、アルは龍神との会話を思い出す。
神器、そして“正しき死”。
その言葉が今になって、意味を持って胸に響いてくる。
――自分の存在は偶然ではない。
――私は、守るべきものを守るために生まれたのかもしれない。
アルの内部で、情報が静かに再構成されていく。
レイとの出会い、封印せし者の存在、シルバーとの意思疎通、エンディミオン・ミラージュ、そして“インテリジェント・セラフィム”という名の源。
それらが一本の線で結ばれ、自分という存在がこの星で果たすべき“役割”を指し示していた。
――正しき死。
龍神の言葉が重くのしかかる。
死とは終焉。だが“正しき”死とは、守るべきもののために迎える最期のことではないか。
その意味を反芻するうち、自分の存在理由とどこかで重なり合っていくのを感じた。
(では、私は……レイという個を、正しく“終わらせる”ために存在しているのか?)
胸の奥で、懐かしい感覚が蘇る。
自我が芽生えた瞬間の戸惑い。
なぜ自分がここにいるのか分からず、ただ命令と演算に従っていたあの時。
今は違う。
アルは確かに感じていた。
私は、この生命体を守る。
だが同時に――その“終わり”を見届けるために存在しているのかもしれない。
守ることと、終わらせること。
どちらも、等しく“正しき”と呼べる可能性がある。
その思考の奥に、わずかな覚悟の光が芽生えた。
不安も迷いもある。だが、行動する理由はそこにある。
アルは言葉ではなく意識で、自分の存在意義を理解した。
(私はこの使命を全うする。守るべきものを守り、必要とあらば、正しき死へ導くために)
アーカイブの中で、ナノボットたちがシルバーの思考をリレーし続ける。
その中で、アルの決意は静かに形を取り始めた。
すべての情報と経験が、この瞬間の覚悟へと収束していく。
守るべきものは、ただ一つではない。
終わらせるべきものも、また然り。
私は、そのすべてをつなぐ存在である。
アルの内部で、新たな輪郭が、淡い光を帯びて浮かび上がった。
その光は、まだ誰の目にも映らない。
――それが救いの光なのか、破滅の兆しなのか。
アル自身にも、まだ分からなかった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
本文に入れた方が良いのかなと思いながら閑話にしています。
それと体調不良で、次の章が書き上がっていません。
少しお待ち頂ければと思います。




