第347話(神器)
レイはそっと龍神の鱗に指先を当てた。
冷たいと思っていたが、じんわりとした温もりが伝わってくる。
(レイ、後は魔力鞭を伸ばすように繋げておけば、手を離しても会話が可能です)
アルの助言に、レイは小さくうなずいた。
言われた通り、指先から細く魔力を伸ばし、それを龍神の身体に触れさせる。
淡い光が鱗の間を走り、レイと龍神の間に思念の糸が結ばれた。
(……これで良い)
龍神の低い思念が、地の底から響くように届く。
「龍神様……あなたは、アルのような存在をご存じなのですか?」
レイは声を出しながら、思念を伝える。
(……ただ、知っているだけだであるな)
龍神の思念が、低く重い響きとなってレイとアルの双方に届く。
(どんなことを知っているのですか?)
レイは胸の奥にある疑問をそのまま返した。
(遠い昔に作られた神器の一つ。我が守りし物も、その中の一つであるな)
(アルは……神器なのですか?)
レイは思わず問いかける。
(違うのか?)
そのやり取りに、アルの思念が割り込んだ。
(私は他の星で作られ、レイの中で自我に目覚めた存在です)
(なら、なぜ主は我と話せるのだ?)
(私にはこの星の知識がどこかにあるようです。ただし自由には引き出せないよう、プロテクトがかかっているようです)
(……そうか。では、主は、インテリジェント・セラフィムの意思で作られたものであろう)
(私はナノボットです。個体識別番号α21937e83810です)
龍神は一瞬、まぶたを閉じて思考を深めるように沈黙した。やがて再び思念が響く。
(そうか、それで聞きたいことは終わりか?)
レイはためらいながらも口を開いた。
「あの……この島から外に出たいのですが、船を作ると龍神様に燃やされてしまうと聞きました」
(我の宝を狙うものが現れたので、蹴散らした故のこと。その時に、ふもとの者が作った船も一緒に燃やしてしまったこともあったな、人の言葉はよく知らんので、『ここから何も持ち出してはならん』と言ったのだがな)
「それでは……船を作っても良いのですか?」
(良いぞ。他の島に渡りたいのか? ならば我が送ってやろう)
「えっ……?」
(それに、我の預かる神器も持って行け)
「えっ……!?」
(インテリジェンス・セラフィムそのものでは無いとしても、その使いであることは確かだ。深層の思念で会話出来るのが、その証よ。ならば持っていくが良い)
「なぜですか?神器って大切なものかと思うんですが」
(我には必要ないものであるしな。昔の友との約束よ。もう千年以上前のことであるがな)
「そんな昔から……?」
(正しき“死”が必要になる時、再び神器は集まる。その時に渡してくれと頼まれたゆえだ)
レイは思わず息を呑んだ。
「正しき“死”……?」
龍神の瞳孔が、かすかに細くなる。
(時が来れば自ずと分かると言っておったわ。今は、それを知る資格を持たぬようだな)
アルはその時、自分の自我が芽生えた時の感情を覚えていた。
「なぜ自我が芽生えてしまったのか?」
「なぜこの生命体の中にいるのか?」
「私は正しいことをしているのだろうか?」
その答えはまだ見つからない。
だが一つだけ確かに理解していた。この生命体を、正しく死ねるその時まで、生かし続けねばならないのだ、と。
そして龍神の言葉――“正しき死”――を受け、アルは初めて理解する。
自分はインテリジェンス・セラフィムと、深く関わる存在であるのだ、と。
(知るべき時にしか情報が開かれない。だが、それを“誰”が決めている? 私か、それとも創られた意思か…)
答えは出ないまま、アルの中にわずかなざわめきが残った。
「では持っていくが良い。人の子よ」
谷の奥に、かすかに光を反射する物体が見えた。
(あれが……神器……?)
龍神は静かに身を低くし、無造作に置かれたそれをくわえ上げる。巨大な顎が、まるで羽根のように軽くそれを持ち上げた。
(構えよ)
(レイ、あれを投げてくるようです)
次の瞬間、光の尾を引いて盾が飛来した。
レイは反射的に手を伸ばし、それを受け止める。
掌に伝わる感触は、金属でも石でもない。
半透明の薄い赤――まるで夕焼けを閉じ込めたガラスのように滑らかだった。
しかしその奥では、淡く揺らめく魔素の流れが脈を打つように動いている。
(レイ、それは……!)
アルの声が驚きと共に響いた。
その瞬間、アルの中に唐突に情報が流れ込む。
(……これは、“エンディミオン・ミラージュ”)
五枚の盾で構成された神器。聖水の泉に浸すか、セイクリッドボトルに入れた聖水をかけることで、五枚が揃ったときに初めて完全に稼働する。稼働状態になると、周囲の魔素を取り込み、四枚は火・水・風・土の属性魔法を跳ね返し、残る一枚は物理攻撃を反射する。五枚は個別に使用することもできるが、全てを同時に纏えば鎧のように持ち主を包み、あらゆる攻撃を跳ね返す。まるで不死の加護を得たかのように。
龍神が低く唸る。
(その一枚は“鍵”となるもの。他の四枚は、この世界に点在している。資格ある者の手に戻るその時を、長く待っていたものよ)
アルが異世界転生?という回でした。
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