第341話(動き出す列車)
自動で閉まった入り口の話を聞き、先に進むしかないと考えたレイたちは、列車が止まっている広い空間をくまなく調べ始めた。足音が床に響き、薄暗い天井の光がわずかに反射する。壁沿いを見回しても、出口や装置らしきものは見当たらなかった。
結局、この空間にあるのは、さっき入ってきた列車だけだった。
すると今度は、列車の扉がプシューッと音を立てて開いた。その扉に向かって、床に矢印のマークが淡く光り始める。まるで列車の中に入れと言うように、矢印は動いては消え、再び現れた。
「何これ?どんな仕組みなの?」
「動いてるニャ!」
リリーとサラが、不思議そうに矢印のマークを見つめた。
「誰かが操作してるわけでもなさそうね」
セリアが周囲を見渡しながら言う。
フィオナは矢印の前に立ち、光の動きを追った。
「……まるで導かれてるようだな」
レイは少し首を傾げ、矢印の動きをじっと見つめた。
「これって、列車の中に入れってこと…ですよね?」
少し間を置き、レイはみんなに声をかけた。
「どうしますか? 中に入ってみますか?」
「そうだな、レイの判断に従おう」
「そうね、リーダーの判断に任せるわ」
「頼んだニャ!」
「レイ君、一緒に行くわよ」
仲間たちから四者四様の返事が返ってきた。
アルは冷静に状況を補足した。
(レイ、多分この列車は避難場所に移動するようにできています。先ほどの誘導灯といい、自動で開いた扉といい、この列車は自動運転で動くと思います。どこに行くかも分かりません)
レイはその内容を仲間に伝えた。列車が自動運転で動くかもしれないなら、このまま誰かを置き去りにするより、全員で中を調べたほうが安全だ。
「よし、今度は全員で中を調べましょう」
こうして、全員が列車の中に足を踏み入れた。
座席も通路も簡素で、余計な装飾はなかった。小さなランプが淡い光を放ち、床や手すりを静かに照らしている。通路の奥では、折りたたまれた座席の隙間から緑色の光がこぼれ、薄暗い通路を淡く染めていた。
全員が中に入ると、床の矢印がふっと光り、進む方向を示し始めた。どうやら座席の方へ行けという合図らしい。
次の瞬間、背後で扉が「プシューッ」と空気の抜ける音を立てて閉まり、列車が低く唸るように「ウィィィィン……」と滑るような音を響かせながら、ゆっくり動き出した。
「うわっ、やっぱり走り出した!」
「アルの言った通りね」
「どこに行くのだろうな?」
「ねぇ、みんな、窓を見て!」
「えっ?」
「ニャ?」
窓の外には、青く揺らめく光が広がっていた。そこはまるで、海の底を走るガラスのトンネルの中のようだった。
薄暗い水の向こうで、光がゆらゆら揺れ、泡のような粒が流れていく。時おり、大きな魚の影が横切り、群れになった小魚が銀色の鱗をきらめかせながら通り過ぎた。
「ここ……海の下、なのか?」
「そんな……信じられない……」
五人は、海底トンネルに圧倒され声を失った。列車の低い駆動音だけが、静かに車内に響いていた。
窓の外を見つめ続ける仲間たちも、やがて暗闇に包まれると、今度は少し不安そうに座席に体を沈めた。
「もう、簡単には戻れないわよね」
「神隠しの正体がこんな仕掛けだったなんてね…」
セリアとリリーは、顔を見合わせてつぶやいた。
「船のみんなは大丈夫かな……」
「一体、どこに連れて行かれるんだろうな……」
レイとフィオナは、独り言のように呟いた。
「元気出すニャ!全員で来れただけマシだニャ!」
サラの声が小さな笑いを誘い、少しだけ緊張がほぐれる。だがレイは、ボルグルやイーサンのことを思い、胸の奥にわずかな重みを感じた。
列車は低く唸るような音を立てて進んで行った。通路の照明がゆらぎ、仲間たちの影も揺れる。窓の外には、淡く緑色の光が時折通り過ぎ、魚の群れか何かの構造物か、形を判別できないまま消えていった。
そのまましばらく列車は静かに進み、やがてゆっくりとスピードを落として完全に止まった。
降り立った場所は、列車に乗ったときの空間とほとんど変わらなかった。見渡しても違いはわずかで、上がる階段の幅だけが、ここが以前と異なることを示していた。
「とにかく外に出てみましょう」
レイが言うと、全員が階段を上り始めた。
上まで上がると、行き止まりまで辿り着いた。扉がゆっくりと開き、外の景色が目に入った。
そこに広がっていたのは、普通の森ではなく、幹や枝先には、房状にぶら下がる黄色がかった果実や、丸く小さな実がいっぱい生っていた。湿った空気に混じって、甘い香りがふわっと漂ってくる。
葉っぱが大きく重なり合うジャングルの奥では、光が差し込むたびに緑と果実の色がゆらゆら揺れていた。
「まだ冬なのに、ここは夏のようだな」
「暑くない?」
「上着は要らないくらいね」
「なんだか甘い匂いがしてるニャ」
外に出た彼女らの第一声は、そんな言葉だった。
「うわ……すごいわね…これ…」
リリーがそっと果実に手を伸ばす。指先に触れた瞬間、より強い甘い香りが鼻をくすぐった。
「これ、もしかして食べられるニャ?」
サラも興味津々で覗き込み、思わず顔を近づける。
アルは少し落ち着いた声で言った。
(この植物、幹や葉の付き方からすると、南国の果物に似た種類ですね。ここで見えるのは、その変種のようです。それと――誰かがこちらに向かって来ています)
レイたちは、草をかき分ける音のする方へ顔を向けた。
足音が近い。誰かが、こちらに向かってくる。
「ジョト・シショ・カイ?」(お前たち、ここで何してる?)
「メイジンコ?」(迷い人か?)
茂みの向こうから現れたのは、数人の男たちだった。日差しを浴びて褐色に焼けた肌。薄い布を肩に掛けただけの軽装で、葉を切り払いながら近づき、レイたちの目前で手にしていたナイフを腰に収めた。戦う気はなさそうだった。
「……現地の人、かな?」
セリアが小声でつぶやく。
男たちは、じっとレイたちを見つめていた。
敵意というよりは、ただ“知らないものを見ている”というような視線だった。
レイは静かにランゲを取り出し、通訳を起動させる。
(さて……まずは話を通じさせるところから、だな)
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