第34話(栽培計画)
二章まで書き終えましたので本日は五話投稿します。
夕の鐘が鳴ってしばらくすると、シスター・イリスに連れられて孤児たちが戻ってきた。
セルデンの姿もある。
レイは院長室の扉を開け、顔を出してセルデンに話しかける。
「おかえりセルデン、ちょっとこっちに来てくれないか?」
その呼びかけに、セルデンが不思議そうな顔でやってくる。
もちろん、シスター・ラウラもその場に同席している。
「実はさ、セルデンに頼みたいことがあって」
レイが切り出すと、セルデンは眉をひそめた。
「何だい? 改まっちゃって、レイらしくないな」
少し警戒しながらも、椅子に腰を下ろすセルデン。
レイは息を整え、今朝からの出来事を順に語った。
トマトゥルの実の話から、赤レンガ亭での反応、そして栽培の提案。
最初は静かに聞いていたセルデンだったが、この町でまだ育てたことがない野菜と知った瞬間、
目の色が変わった。
「その野菜、絶対オレが作る!」
突然、ぐっと身を乗り出すセルデン。
「おいおい、そんな簡単に安請け合いして大丈夫か?」
思わずレイが言うと、セルデンはニッと笑って返す。
「成功すれば、自分の畑が持てるかもしれないだろ?」
「いや、失敗する可能性だってあるんだぞ!」
レイが畳みかけると、セルデンは即答した。
「そんなの、やってみなきゃ分かんないだろ」
レイはしばし黙ったあと、ゆっくりと拳を持ち上げた。
「じゃあ、セルデンに任せるよ。オレは図書館で育て方を調べてくる。それを見て、栽培方法を検討しよう!」
セルデンも無言で拳を上げ、コツンとレイの拳に合わせる。
目と目が合い、どちらからともなく、ふっと笑った。
生産者は決まった。農地はまだ未確定だが、シスターが動いてくれるなら、孤児院の畑が使えるかもしれない。
あとは開墾して農地を確保し、種子を保存するだけだ。
これで、来年の今頃にはトマトゥルの実が食べられるだろう。
すると、アルの念話が響く。
(レイ、ちょっといいですか? この地方、冬は雪が降りますか?)
(ゆき? 雪って……なんだ?)レイがきょとんとする。
(雨は降りますよね?)
(雨なら降るよ)
(その雨は、気温が高ければ水ですが、気温が低いと凍って落ちてきます。ここまで理解できますか?)
(うん、わかる)
(さらに言えば、低気圧や季節風の条件が重なると、空から降る雨が雪になります。
つまり“寒い日の空から降る氷の雨”です。さて、この地方で雪は降りますか?)
「ごめん、雪を見たことがないから、わからないよ」
(それで十分です。もしかしたら今年中に収穫できるかと思っただけですから)
(えっ!? 今から育てられるってこと?)
(はい。今は六月ですよね。条件が合えば十月には実る可能性があります。試してみますか?)
(なんか急に忙しくなりそうだ……)でも、早く試せるのは悪くないことだ。
「アル、とりあえず、何すればいい?」
(完熟して落ちていた実がありますので、それをまず採取しましょう)
(じゃあ、木桶持って行こう)
レイはセルデンの元へ行き、赤レンガ亭の花壇のことを説明し、二人で種の採取に向かった。
赤レンガ亭に到着すると、ちょうどメリサンドが顔を出す。
「メリサンドさん、こんばんは」
「あっ、レイさん、こんばんは!」
「紹介します。俺の幼なじみで、トマトゥルの実を栽培してもらう予定のセルデンです」
「よろしくお願いします」
セルデンがぺこりと頭を下げる。
「まだ約束の時間には、だいぶ早いですけど……どうかしたんですか?」
と首をかしげるメリサンドに、セルデンが答えた。
「これから育てる実の様子を見に来ました」
花壇に目をやると、セルデンはすぐに判断を下す。
「枝が横に伸びて、実が地面についてるものもありますね。支柱が必要です」
「そ、そうなんですか!? どうしたら……?」
メリサンドが焦る。
「時間がある時に支柱を立てに来ます。それと、この赤い実――完熟してるんで、収穫していいですか?」
テキパキと動くセルデンの姿に、レイは思わずにんまりとするのだった。
「初めて見る作物なのに、よく分かるな?」
「……あ、イリス」
セルデンがぽつりとつぶやいた。
その言葉に驚いて振り返ると、イリスが立っていた。
どうやら、少し離れたところから様子を見ていたらしい。
「べ、別にあんたたちの様子を見に来たわけじゃないからね」
少しそっけない調子で言いつつも、視線はこちらに向いている。
「それで……ちゃんと種子は見つけられたの?」
興味はあるようだが、感情を抑えた話し方だ。
「うん、落ちた実があったから種は採れそうだよ。でも見て」
セルデンが花壇の一角を指差す。
「ここ、芽が出てる。もういくつか根付いてるみたい」
「じゃあ、今年中に収穫できたりして?」
レイが期待を込めて言うと、セルデンは首をひねった。
「どうかな。茄子とかでも百日はかかるって聞いたし。最低それくらいは見た方がいいね」
「分かった。それまでに図書館で調べておくよ」
レイの言葉に、イリスが少し言い淀んでから話し始めた。
「……図書館、か。今日は行けないけど……あんたがちゃんと調べるなら、それでいいわ」
そう言ったあと、わずかに間を置いて続ける。
「でも……後で少しだけ、何を調べたか教えてくれても……いいわよ」
レイはちょっと驚いた顔で、すぐに笑ってうなずいた。
「もちろん。また話すよ」
イリスはふいっと顔をそらしながら、小さく頷いた。
そのやり取りを見ていたセルデンとメリサンドは、微笑ましそうに顔を見合わせる。
「何だか、いろいろ順調に進みそうね」
「ですね」
と、二人は声をそろえて言った。
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