第338話(神隠しの神社)
「母を失った寂しさに、周りの子供たちへの嫉妬も重なったのでしょう。あの日から、フウガンは心を閉ざし、人を疑い、時には突き放すようになってしまった……」
レイは思わず息をのんだが、すぐに言葉を失った。
隣のセリアが一歩前に出て、村長に問いかける。
「……神隠し、ですか? 本当に、そんなことが……」
村長はうなずいた。
「ええ。あれは五年前の春の祭礼のことです。その年、わしは足を捻挫して歩けず、代わりに妻――フウガンの母――が奉魚を神社へ納めに行きました。ユウキの両親も一緒に、三人で出かけたのです。昔から神社の近くでは神隠しがあると言われ、人はあまり近づきません。祭礼の日でも、神隠しを恐れて奉魚を納めに行く人はほんのわずかです」
「だが、その三人は忽然と姿を消しました。村人総出で神社に駆けつけましたが、そこには何もなかった。奉魚すら跡形もなく……」
フィオナが小声で口を開く。
「神隠しとはもしかしたら転移ではないだろうか?」
セリアもうなずき、小声で答える。
「私もそう思った」
サラも小さくうなった。
「ありえるニャ」
リリーは眉をひそめる。
「でも、毎回神隠しに遭ってる訳じゃないのが気になるわね」
レイが静かに問いかける。
「調べますか?」
皆が小さく頷く。レイはそれを確認して村長に向き直る。
「村長、私たちでその神社を調べてもよいでしょうか?」
村長は目を見開き、驚いた。
「良いのですか? あそこは村の者もあまり近づきたがらない場所なのですが……」
ボルグルとイーサンも身を強ばらせる。
ボルグルが注意を促すように言った。
「レイよ。危険じゃぞい」
イーサンも小さく声を落とす。
「レイ様……」
レイは胸の奥に、幼い頃の離別の記憶がよみがえった。
だからこそ、母親が行方不明のフウガンの気持ちも、少しわかるような気がした。
「わかってる。でも、全員で行って戻れなかったら、船の人たちに連絡もできないですよね。だから、二手に分かれた方がいいと思う。ボルグルさんとイーサンは、ここでユウキ君が奉魚を捕まえるのを手伝ってくれると助かります」
「そっちが心配じゃのう……」
ボルグルは小さく肩をすくめた。
「何もないとは思いますけどね、念のためお願いします」
「わ、分かったわい……」
「はい、承知しました、レイ様……」
ボルグルは肩をすくめ、眉をひそめる。心の中では仲間たちの無事を気にしていた。
イーサンも短く頷き、少し不安げな顔をしている。
ボルグルとイーサンの様子を見て、レイは区切りをつけるように視線を村長に戻した。
「ところで、村長さん……息子さんのこと、探しますか?」
「いや、あいつ、フウガンは……最近は、あまり家にも寄り付かなくなってしまった。取り巻きたちの仲間の家にでも入り浸っておるのだろうな……今は放っておいてください」
レイは村長の言葉を受け止め、仲間たちに告げた。
「じゃあ、今日はここまでにしましょう。明日の朝、神社を調べに行きます」
話がまとまると、皆が片付けを始めた。
セリアは焚き火の後始末をし、フィオナは使った器を片づけている。
その横で、玄関先に立っていたユウキにリリーが声をかけた。
「ユウキ君だったかしら。ユキノさんの栄養状態について話しておきたいの。少しここで聞いてくれる?」
ユウキはうなずき、リリーの隣に立った。
リリーは穏やかな声で続けた。
「今のユキノさんには、鉄分とたんぱく質が特に必要よ。魚や海藻、豆類、そして狩りで得たお肉も柔らかくして少しずつ与えるといいわ。それから、赤クローバーの葉は貧血にも効果的。お湯に浸してお茶代わりに飲ませてあげて」
ユウキは真剣な表情で聞き入り、何度もうなずいた。
「わかりました。できるだけ集めてみます」
リリーは小さく微笑み、手元の包みを差し出した。
「これは予備の薬草よ。これを煎じて飲ませて。少しでも楽になるはず」
ユウキは包みを受け取り、深々と頭を下げた。
「ありがとうございます。本当に助かります」
リリーは優しく微笑み返し、立ち上がった。
「いいのよ。家族のために動ける人がいるのは、それだけで力になるから」
こうして夜は静かに更けていき、村もやがて眠りについた。
***
「それじゃ、ボルグルさん、イーサン。ユウキ君の奉魚の方を頼みます」
「そっちも気をつけるんじゃぞい」
「レイ様、お気をつけて」
二人はうなずき、村の小道をレイとは反対の方向に歩き出した。
その間、ユウキとリリーは出発前に顔を合わせた。
リリーは安心したように微笑む。
「ユウキ君、昨日言ったことをお願いね。毎日少しずつ。量よりも、続けて栄養を補うことが大事よ」
ユウキは力強くうなずいた。
「はい、やってみます。ユキノを必ず元気にします」
リリーも小さくうなずいた。
「ええ、頼りにしているわ」
ユウキはそのままボルグルとイーサンの後を追うように村の小道を歩き出した。
レイたちはその背を見送り、神社へ向け出発した。
神社への道はすぐに分かった。昨夜、奉魚の匂いをたどった倉庫の前から北へ伸びる一本道を進めばよい。
この神社は昔から、島の人々が天災の無事を祈るために訪れてきた場所で、大きな石を積んで造られているため、遠くからでもすぐに分かるという。
倉庫の前から森の細い道を道なりに進むと、しばらくして村長の言っていた建物が見えてきた。
石材の板を組み上げたように見えるが、色は褪せ、角も少し丸くなった古い建物だった。
外見だけでは神社とはとても言えない。しかし、柱には枯れた榊が括り付けられ、まるで「神社らしく見せよう」と誰かが気を遣った痕跡のようだった。
「かなり古い建物ね」
セリアが言った。
「異様だな。この石、どこから持ってきたんだろう。島の建物はみんな木造なのに」
フィオナが首をかしげる。
「ほんと、どこからどうやってこんな石を運んだんだろう」
レイはそう言いながら、建物の前で立ち止まり、周囲を見渡した。
入り口には扉はなく、中を覗くと下へ続く階段がある。階段の天井や壁にはいくつか小さな穴やスリットが開き、そこから日光が斜めに差し込んでいた。
「下に祭壇があるらしいです。降りてみますか?」
「慎重に行こう。転移罠があるかもしれないからな」
レイが先に一歩踏み出すと、フィオナ、セリア、リリー、サラの順に階段を降りていった。




