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第334話(兄妹)

ユキノは布団の中で目を閉じていたが、遠くから聞こえるざわめきで目をぱちりと開けた。


「……ん? なんの声……?」


村の通りに響く声が耳に届く。


「おい、聞いたか?奉魚が盗まれたらしいぞ!」

「ああ、その件で村長がピポピ村に行ったらしいな」


スープの器はもう空っぽだ。温かさは残っているものの、心はざわついた。


耳に届いた声に、ふと気づく。

「……もしかして、私が食べた魚って……奉魚だったの?」


その瞬間、胸がぎゅっと締めつけられた。

「そしたら……お兄ちゃん……私のために……盗んできちゃったの……? 私のせいで……お兄ちゃんが………」


小さな体を布団の中に丸め、ユキノは目に涙を浮かべる。

罪悪感と申し訳なさが入り混じり、震える胸はどうしていいかわからなかった。でも同時に、兄が自分を助けようとしてくれたこともわかる。その思いの大きさに、涙が止まらなかった。


小さな胸に覚悟を決め、弱った体をゆっくり起こす。震える手で布団を押しのけ、立ち上がる。外の冷たい風が小屋の隙間から吹き込み、体を震わせた。だが、ユキノは一歩一歩踏み出した。


「……村長さんに……ちゃんと言わなきゃ……私が悪いって……」


体力の衰えからか、歩みはすぐにふらつき始める。村長宅に着く前、ユキノは足を止め、立ったまま頭を抱えた。視界が揺れ、呼吸も乱れた。小さな体はついに耐えきれず、前に倒れ込んでしまった。冷たい地面に額を打ち付け、力なく小さくうめく。


「誰か…村長さんに…誰か…」



そのころ、ユウキは妹のために奔走していた。奉魚を手に入れ、妹に食べさせることはできたものの、毎日与えることは事実上不可能だった。そこで、山で獣を狩り、少しでも栄養の補助になればと考えていた。

そう思って槍を手に森の中に分け入っていった。


落ち葉を踏む音だけが響き、鳥の姿すら見えない。時間だけが過ぎ、焦りが胸を締めつける。

しばらく森の中を歩くと、やがて鼻をつく獣の匂いが漂ってきた。茂みの向こうで土を掘り返す音。息を殺して目を凝らすと、灰色の体をしたボアが見えた。


「……いた!」


槍を握りしめ、一歩踏み出した瞬間、小枝を折る音が響く。

ボアの赤い目とユウキの目が合った。


「ブオオォォッ!」


ドドドドッと大地を揺らすような突進が迫ってくる。


「うわっ!」

咄嗟に槍を構えるが、衝撃に弾き飛ばされた。背中を木に打ちつけ、息が詰まる。


すぐさま立ち上がり、再び迫るボアに横へ飛びながら槍を突き出した。

刃先は脇腹に浅く刺さり、ボアが唸って暴れ出す。必死に槍を押さえ込み、転がされそうになりながらも力を込めた。


「グルルルッ」


「くっ……!」


やがてボアは槍を嫌がるように身をよじり、斜めに走り出す。

ユウキは木を背にしながら構え直した。


「来いっ……!」


突進してきた瞬間、体を横へかわす。


ドガァン!


巨体が木に突っ込み、鈍い音が響いた。


「ブモォォッ!」


ボアは呻き声をあげ、足をもつれさせながら左右にふらついた。頭を振り回し、鼻息を荒げて踏ん張ろうとするが、足元はおぼつかない。


「今だ!」


ユウキは息を詰め、横っ腹へ力いっぱい槍を突き込んだ。


「ゴブォォッ!」


苦悶の鳴き声が森に響き渡り、ボアの体が大きくのけぞった。巨体が地面に倒れ込み、あたりの木々がざわめく。


ユウキは肩で荒く息をしながら、手の中の槍を見つめた。

「…ははっ、やった、やったぞ、ゆきの、待ってろよ」


ボアを倒したまでは良かったが、その後どうしたらいいのか分からない。魚を捌くことなら何度も経験してきたが、こんな大きな獣の解体などやったことがない。


「とりあえず……血抜き、か?」


震える声でつぶやき、ユウキは槍を手に近づいた。喉元に槍を突き立てようとしたが、皮が分厚くて思うように刃先が入らない。力任せに押し込むと、ようやく傷口が開き、温かい血が溢れ出した。


「うっ……!」


鼻を突く鉄の匂いに思わず顔を背ける。必死に息を止めながら、なんとか血を流そうと奮闘するが、流れは途切れ途切れで魚のように上手くいかない。


衣服や手は真っ赤に染まり、手足に力も入らなくなってきた。それでもユウキは「妹のためだ」と自分に言い聞かせながら、不器用に刃を動かし続けた。



一方、村の方ではユキノが必死に前に進もうとしていた。視界に村長宅の屋根が見える。鼓動が早く、息も乱れる。何度も手と膝をつきながら、ゆっくりと這って進む。地面には小さな手形と跡が残り、ユキノが必死に進んだ証として広がっていた。


「……あと少し……村長さん……」


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