第330話(孤島の村で)
レイは第二の島で出会った村民の家に案内されていた。あの後、アルの通訳を介してようやく誤解を解き、外の世界から来たことも伝えられた。村民たちは当初警戒していたが、互いに謝り合い、屋内で落ち着いて話を始めていた。
「ゴカイ サイ シヤザイ
(誤解してしまった。どうもすみません)」
「フフ、フヨウイ セッキン チセツコホウ ヤク ブキ ケイタイチュウ
(いえいえ、こちらも不用意に近づいてしまってすみません)」
子供たちは、フィオナたちが相当珍しいようで、目を輝かせながら口々に問いかけた。
「シヨウダツ ドコライ?(お姉さんたち、どこから来たの?)」
リリーとサラは相手の言葉を理解できず、顔を見合わせてキョトンとしている。フィオナとセリアも困惑した表情を浮かべ、どう返せばよいか分からない。一方でイーサンとボルグルは渋い顔をしながら、必死にその言葉の意味を探ろうとしていた。
(アル、何とか出来る?)
レイの問いかけに、網膜に映るアルのアバターがわずかに目を伏せた。ランドゲージを使うことは彼にとって好ましい選択ではない。それでも小さく頷く。
(……情報端末を使えば、同時通訳できます)
アルはレイの体を借り、指先を高速で動かして端末に命令文を書き込む。小さな装置から光が漏れ、翻訳機が立ち上がった。
レイは村人たちに向き直り、試すように言った。
「これで話してみます」
端末から変換された声が響くと、村人たちは目を見開いた。
「……あれ、その板から声がする!」
「す、すごい、なんだこれは!」
驚きの声が広がる中、レイは村人たちを安心させるように言った。
「驚かせてしまいましたね。でも、この端末があれば、私たちも皆さんとちゃんと話ができます」
子供たちは端末を覗き込みながらはしゃいだ。
「何だ、これ!?」
「うわ、喋ってる!」
その声に応えるように、サラが小さく呟く。
「こんにちはニャ! 私もお話できるニャ!」
子供たちは大歓声を上げ、端末そっちのけでサラに駆け寄った。
「こ、この猫、喋ったー!」
「ネコじゃないニャ、獣人だニャ!」
「スゲーッ、猫と話せる!」
笑い声が広がる中、別の村人がフィオナに目を向けた。
「この耳は形が変わってるが、生まれつきなのか?」
「私はハーフエルフなのだ。耳は人とは少し異なるためだな」
フィオナが微笑みながら答えると、村人たちは頷いた。
さらに別の村人がセリアの服に目を留める。
「この服、すごく白いけど、なんなんだ?」
「私たちの住む場所で作られたものです。漂白や染色の技術が少し違うんですよ」
セリアが説明すると、村人は感心したように見入った。
子供たちはサラと戯れながら、ドワーフのボルグルを見て目を丸くした。
「えっ、まだ子供なのにヒゲが生えてる!」
「わあ、本当だ!」
ランドゲージを通して訳された子供たちの声に、ボルグルはぽかんと口を開けた。
(な、なんじゃこの板は……?)
小さな声が自分に届くことに戸惑いながらも、ヒゲを撫でて答える。
「わしは子供じゃないぞい。これでも立派な大人だわい」
「大人なのに、ちっちゃいなあ」
「ミニミニだ!」
「でもヒゲは立派!」
その言葉に、周りの大人たちまでどっと笑い出した。
ボルグルは戸惑いのままイーサンを見たが、イーサンも首を横に振るだけだった。
笑い声が落ち着いたころ、レイは姿勢を正し、村人たちに向き直った。
「そうだ、まだ名乗っていませんでしたね。私はレイといいます」
村人たちの視線が一斉に彼に注がれる。
やせ気味の体に年季を感じさせる男が、じっとこちらを見つめた。
低く落ち着いた声が響く。
「……レイ殿、か。わしはこのピポピ村の村長、マツコと申す」
その眼差しには島での暮らしの厳しさがにじみ、子供たちも思わず口をつぐんだ。
「遠くから来たというのは本当か? だがどうやってここに? 普通の人間なら登れん崖を、あんたらは登ってきたのか?」
驚きと疑念の混ざった声で、マツコは問いかける。
レイは落ち着いた口調で答えた。
「ええ、崖の一部に洞窟があり、そこを抜けて森に出ました。道を辿ってきたら、ここに着いたのです」
マツコは目を見開き、短く息をついた。
「洞窟……? 本当に外に通じているのか……」
その表情には驚きと、わずかな希望が浮かんでいた。
レイは補足する。
「海側から入った洞窟を抜ける時、通路が狭かったので、人が通れるよう魔法を使って広げてしまいました。何か不都合があるでしょうか?」
人が住んでいるとは思わず魔法で広げてしまったが、もし迷惑なら埋め戻すつもりだった。だが、逆にありがたいくらいだと告げられた。
今、このピポピ村は深刻な食糧難に直面していたのだ。
マツコは息を整え、食い気味に尋ねた。
「その洞窟、どこにあるのか詳しく教えて欲しいです」
そして俯きがちに語り始めた。
「このピポピ村は孤立した島にある二つの村のひとつです。痩せた土壌では作物が育たず、何とか暮らしてきましたが、もう一方のチャソリ村が今年、魚と農産物の交換比率を上げてきました。余裕などもともとなく、このままでは村の存続さえ危ういのです」
レイは眉を寄せ、質問する。
「チャソリ村からなら海に出られるのですか?」
マツコは首を振った。
「いいえ。海と繋がった池があるだけです。海中の洞窟を通って魚が入り、それを捕るのがチャソリ村。外の世界に出られるわけではありません」
少し考え込んだレイは尋ねる。
「もし島を出られれば、行き先の見当はありますか?」
マツコは眉を寄せ、静かに答えた。
「……わかりません。この島から外に出た者は一人もおりません。外に何があるかも知らないのです。ただ昔、神竜様が南から飛来したという古い言い伝えが残っているだけです」
崖に囲まれた孤立の島に、神竜の伝説が今も静かに息づいていた。
夜光虫が舞う島の下、遠い南に、まだ誰も知らぬ島々があるのかもしれなかった。
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