第329話(未知の村へ)
皆は階段の下に立ち、顔を上げた。
裂け目の奥にそびえる階段は、まるで自然にできた岩のように見える。しかし、その整然とした形から、確かに魔法によって作られたものだと分かる。
「す……すごい……」
リリーは思わず息を飲んだ。
「驚いたニャ!」
サラは尻尾をピンと立てて跳ねる。
「レイ君、これもう人間業じゃないわよ」
セリアは半ば呆れ、半ば感心したように笑った。
「すいません。まさかこんな簡単に出来ちゃうとは思わなかったんです」
レイは気まずそうに頭をかいた。
フィオナは首をかしげ、真剣な眼差しで尋ねる。
「レイ、どう呪文を組み合わせたら……こんな複雑な形を作れるんだ?」
「いや、頭の中に階段の映像が現れたんです。それを見た瞬間、“これなら出来る”って確信があって、気づいたら魔法を発動してました」
「頭の中に……映像?」
セリアが目を丸くした。
「レイ、船降りたら本当にうちの工房で働かんか?」
ボルグルは感心した様子で、二度目の勧誘を始めた。
「ダメです。レイ様は大賢者なのですから」
イーサンが即座にぴしゃりと言い切った。
仲間たちの間に、ほんの一瞬だけ気まずい空気が流れる。
セリアは眉をひそめ、ボルグルは肩をすくめる。
レイはくすりと笑って、それを打ち消すように声を出した。
「よし、とりあえず上と繋がったみたいだし、行きますか」
レイが先頭に立つと、仲間たちは静かに階段を上り始めた。岩にも土にも見える階段だが、しっかりと体重を支えてくれる。振り返ると洞窟の青い光が後ろから差し込み、幻想的に揺れた。
階段を登りきると、洞窟の出口から柔らかい陽光が差し込み、湿った森の匂いが鼻をくすぐった。樹々の葉がざわめき、倒木や低い枝が行く手を少しだけ邪魔する。足元には小さな草や苔が広がり、踏むたびにかすかに軋む音がした。
「……とにかく進んでみましょう」
レイが仲間をうながし、先頭に立って歩き出す。枝葉を払い、倒木をよけながら、道なき道をしばらく進んだ。
やがて視界が開け、思わずレイは足を止めた。
左右に目をやると、木々の間がすっきりと通っている。地面は踏み固められ、余分な枝は払い落とされていた。
(レイ、これは人の手が入った道ですね)
(アルもそう思う? オレもそう感じたよ)
レイは仲間を見回し、軽く声をかける。
「ここ、人の手が入った道みたいです。つい最近まで手入れされていたみたいに整えられてます」
セリアが眉をひそめる。
「無人島とばかり思ってたけど、人が居るなんて驚きね」
サラは耳をぴくりと動かし、落ち着かない様子を見せる。
「人の気配がするってことニャ?」
「とりあえず、警戒しながら進みましょう」
レイは仲間を促し、島の中心へ向かう道を選んで歩き出した。
やがて道の脇に切り株が点々と現れる。苔に覆われ、土に還りかけているものもあれば、白木の切り口がまだ新しいものもある。どうやら必要な木だけを選んで伐っているらしい。
「……伐採してるみたいですね」
レイが低くつぶやく。
フィオナはしゃがみ込み、手で新しい切り株に触れる。
「これはかなり新しい……二、三日以内に伐られた木だな」
セリアも視線を巡らせる。
「生活圏が近いのかもね」
「先に行ってみましょう」
レイはそう言い、仲間たちを促して歩き出した。
森を抜け、開けた場所に差し掛かると、草屋根の小さな家々が見えてきた。畑や庭が家々を取り囲み、島の生活感が伝わる。
レイは足を止め、村を見据えて低くつぶやいた。
「人が、いましたね」
仲間たちも自然と視線を合わせ、静かに様子をうかがう。
村の入り口に差し掛かると、畑仕事をしていた村人たちの声が風に乗って聞こえてきた。
「ヒ、サイド ガイギョ ノ コト コウイチュウ コ」
「ゼンゼン、サクジツ チ ノ ギョ フドウ コ」
子どもたちも走り回りながら、
「ソーボー、ケンーケンー!」
「オオ、ラクチャクソウソウシュ」
レイたちは、何を言っているのかさっぱり分からず、互いに顔を見合わせた。
道端で子供たちを見守っていたお婆さんが、ふと顔を上げてレイたちに気づく。レイはその様子を見て、一歩前に出て軽く手を振った。
「……こんにちは、初めまして」
お婆さんの様子に気づいた村人たちも、一斉に視線を向けた。見たこともない服装の男が武器を下げて子供たちに近づいてきたのを見て、村人は叫んだ。
「ジョ、カシャ!」
「ジドウ、キンキンセツキンセイ!」
叫び声と同時に、村人たちはクワや棒を手に取り、子供たちを庇うように前へ出た。
レイは仲間に向かって声を張った。
「ごめん、警戒されちゃったみたい。みんな、後ろに下がって!」
セリアは思わず小さく声を漏らした。
「あら〜、拙いことになっちゃったね…」
やがて一人の村人がレイに向かってクワを振った。
レイは振り下ろされる棒やクワをかわしつつ、仲間を後ろに下がらせた。
村人の棒やクワを跳ね返してしまえば、相手に怪我をさせるかもしれない。どう避けるかを瞬時に考え、レイは身を動かしてやり過ごす。
村人たちは意味の分からない言葉を怒鳴り散らし、恐怖に駆られるように次々と棒を振り下ろした。
「ド ブキ ジ!」
「キケン ド ツイフツ!」
レイは身をかわしながら、脳内でアルに問いかけた。
(アル、なんか勘違いされてるみたいだ。この人たちの言葉は分かる?)
(解析しています……なるほど、訛りの強い古代語の単語が混ざっています。レイが下げている剣を見て警戒しているようです。それと、子供たちに危害を加えるのではないかと恐れている様子も見受けられます)
アルの声に、レイは状況を理解した。
「なるほど、子供達に危害を加えるのかと思ったのか」
レイは大きく後ろに下がると、慎重に剣を地面に置き、両手をゆっくり広げてその場に立った。村人は一瞬、動きを止めて見つめ返した。
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