第327話(二つ目の島)
レイは、半日かけて修理した軸受を手に、船尾の作業台へ向かった。
そこではボルグルがシャフトの部品を点検していた。
「ボルグルさん、上手くいきました」
「どれ、見せてみるんだぞい」
ボルグルは無造作に手を伸ばし、レイから軸受を受け取った。
次の瞬間、その手が止まる。
「……なんじゃこりゃあ?」
目を見開き、軸受を光にかざす。ひびも欠けも消え、表面は新品同様に輝いていた。
「おいおい、冗談じゃろ……これ、本当にあの壊れたやつか?」
ボルグルは信じられないといった様子で軸受を裏返し、指先で表面を何度もなぞった。
レイは少しだけ肩をすくめた。
「ええ、間違いなくあれです。土魔法で、ちょっと工夫しました」
「土魔法で……ここまで直せるもんなんか……すごいもんじゃのう。わし、びっくりじゃわい」
ボルグルは軸受をもう一度光にかざし、唸るように言った。
「なあ、大聖者さま。予備の軸受も、同じように鏡面仕上げにできんかのぅ?」
「……え、全部ですか?」
「全部じゃ!こんなチャンス、二度とないぞい。いやあ、わしの工房に欲しいわい、こんな職人は!」
「職人じゃないですよ」
レイは苦笑するが、ボルグルは真剣そのものだ。
「いやいや、こんな逸材は他におらん!船降りたら、うちの工房で働かんか?給金は弾むぞい!」
「ええと……考えておきます」
レイが曖昧に返すと、ボルグルは「よし、脈ありじゃわい」と勝手に満足そうに頷いた。
(レイ、少しやりすぎましたか?)
とアルが問いかける。レイは内心で苦笑する。
(まあ、でも、探索の期間は二ヶ月きっちり確保したい。そのために出来ることは全部やるべきだよ。多少強引なくらいがちょうどいいかもしれない)
応急処置であることは否めない。だが少なくとも軸受の故障なら、予備部品を修理して使い回せば推進機は動かせる。これなら当初の予定通り、二ヶ月間をまるまる探索に費やせるはずだ。
そんな思いが通じたのか、その日の夕方には二つ目の島影が見えてきた。
だが、島全体は切り立った断崖に囲まれ、波が岩に砕け散る。船を寄せるどころか、接近するだけでも危険だ。
「……上陸は、一筋縄じゃ行かなそうだね」
レイは眉をひそめ、双眼鏡を下ろした。
「岸辺は岩だらけ、波も荒いし、これじゃ小舟でも無理ね」
リリーが険しい表情で告げる。
フィオナは断崖を仰ぎ、唇を噛む。
「あの高さでは、よじ登るのも無理だな」
「迂回できそうな場所はないかニャ…」
サラも海面を見つめるが、白波が岩に打ち付けているのを見て、首を振るしかなかった。
ルーク船長が静か声を掛けた。
「皆さん、もう夕方ですし、まずは今夜は安全な場所に停泊して、明日改めて船で島を一周しながら接岸地点を探しましょう」
***
夕暮れが過ぎ、島の影が海に沈みかけた頃、船は島がよく見える安全な場所で止まった。
波が岩に当たる音を聞きながら、乗員たちは静かに甲板に身を寄せる。
その時、崖の上に広がる森の暗がりで、微かな光がちらりと瞬いた。
最初はほんの一瞬だけだった光も、次第に増え、崖の上の森全体に点々と広がる。
その光は夜行性の小さな虫たちが放つ、幻想的な光だった。
「……きれいだな……」
フィオナが思わず声を漏らす。
セリアはそっと手を重ね、目を細めて光景を眺めた。
「こんなに幻想的だなんて……これだけでも探索に出た甲斐があるわ」
リリーは小さな声で笑う。
「ふふ、光ってる虫たちがまるで森の精みたいね」
サラは手を叩きながら笑った。
「ニャー、こんな景色、見たことないニャ!」
周りを見れば、イーサンやボルグル、プリクエルにルーク船長、そして他の船員たちも夜光虫のショーに目を奪われていた。
誰もが口を開かず、ただ光る虫たちの幻想的な舞を見つめていた。
夜が深まると、見張りを残して全員が眠りにつく。波の音だけが静かに響き、船は揺れながら穏やかな海面に浮かんでいた。
翌朝、淡い朝日が海を照らし、島の影が徐々に浮かび上がる。船はゆっくりと島の周りを回りながら、安全に接岸できそうな場所を探した。
崖を登れそうな場所は見つからず、昨日と違うのは、小舟なら崖下まで近づけそうな箇所がいくつかあることが分かった程度だった。波は穏やかだが、岩礁に当たって砕ける白波は油断できないことを告げている。
レイは双眼鏡で崖を見上げ、険しい岩肌を確認する。仲間たちも船の縁に身を乗り出し、それぞれの目で崖を攻略できそうな場所を探していた。
「あそこからなら小舟で接近できそうかな」
レイが小声でつぶやくと、フィオナやサラも身を乗り出して海面を覗き込む。
「でも、崖を登るのはまだ無理だね……」
レイは眉をひそめ、双眼鏡越しに断崖を見上げる。仲間たちもそれぞれ、どこから攻めるか考え込むように黙り込む。
それでも、少しでも近づける箇所が分かったことは、次の行動への小さな希望だった。
サラがにやりと笑う。
「そうだニャ、崖の下からジャンプシューズで登るニャ!」
セリアが思わず眉をひそめる。
「それって、サラが一人で行くってこと?」
サラは肩をすくめる。
「そうニャ、それで上からロープを垂らすニャ」
レイも苦笑しながらつぶやいた。
「最悪は、その手で行くしかないかなぁ」
「なら少しでも安全に登れる場所を探した方がいいわね」
リリーは小さく肩をすくめ、波打ち際の崖を眺めながら、安全なルートがないか考えているようだった。
夕暮れが近づき、波の音が少しだけ静まる頃、崖の上の森で微かな光がちらちらと瞬き始めた。
「……あっ、また虫が光り出した」
セリアが指をさす。
フィオナもリリーも、そっと光景に目を向ける。
しかし昨日と違うのは、小さな虫たちの光が上の森だけでなく、波打ち際の崖の一部でもちらりと見えたことだ。
「なんで、あそこだけ?」
レイは双眼鏡を手に取り覗き込む。しかし虫の光は見えるものの、なぜ崖の下で光っているのかまでは分からなかった。
(レイ、ナイトビジョンを使いましょう)
(うん、お願い)
アルがナイトビジョンを発動させると、崖で光っていた夜光虫は、単に崖にいるわけではなく、崖の隙間にある洞窟内を飛び回っていることが分かった。外からでも、その存在が光で知らせられているのだ。
「……あの場所って、洞窟になってるんじゃないか?」
レイは思わず口に出した。双眼鏡越しに見える光の点々は、明らかに、崖の隙間にある洞窟を示していた。
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