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第326話(割れた軸受)

南方探索は、最初の島を見つけられたことがどれだけ幸運だったかを思い知らされる旅だった。

もっとも大きなリスクは浅瀬や暗礁への乗り上げである。レイたちは海が見えない夜間航行を避け、夜が明けてから進むようにした。


見張りも交代制にし、海鳥の群れや漂流物、流木を見つければ、その付近を重点的に確認する。

だが、しばらく進むと海はどこまでも青く、島影はおろか、鳥すら見かけなくなった。


レイは手すりに寄りかかり、果てしない水平線を見つめる。

「……最初の島を見つけられたのは、本当に幸運だったんだな」


ぼそりと漏らした声に、横で控えるイーサンがうなずいた。

「はい。浅瀬や暗礁に乗り上げれば、探索どころではなくなります。

夜は動かず、夜明けとともに進む判断は正しかったかと」


そこへ、舵輪のそばからルーク船長が歩いてきた。

マストの上を一度見上げ、落ち着いた声で言う。


「レイ様、見張りをさらに増やしましょう。海鳥も流木も見えませんが、こういう時こそ念を押して確認するべきです。

 明日は少し東寄りに針路を取りたいと思います。潮の流れが変わったように感じますので」


――その時、船が急に減速した。

船底からゴリゴリと嫌な音が響き、甲板がかすかに震える。

舵を握っていた操舵士が顔色を変えた。


ボルグルは異変に気づくと、点検口に手をかけ、慎重に体を屈めて船底に潜り込む。懐中灯を手に、ゴリゴリと音のした方へと進む。やがて軸受が目に入った。

金属の円筒が大きくひび割れ、片側がわずかに浮き上がっている。接触するシャフトの表面も擦れた跡があり、今にも完全に破損しそうだった。


「……おい、軸受が割れたみたいだぞい!」


プリクエルが駆け寄り、工具を握って声を張る。

「船長!このままスクリュー回したらシャフトまで逝くぜ!」


それを聞いたルーク船長は甲板から指示を飛ばす。

「スクリューを止めろ! これ以上回すな!」


レイはボルグルが潜り込んだ点検口に顔を近づけ、船底をのぞき込んだ。

「大丈夫ですか?」


ボルグルは何でもないかのように答えた。

「大丈夫だわい。予備の軸受は用意してあるぞい。ちょいと交換すれば、また動くようになるわい」


軸受の交換は、ボルグルとプリクエルの手によって無事に終わった。

船底から出てきたボルグルの顔には、しかしいつもとは違う陰りがあった。


「ボルグル、どうしたのだ。浮かない顔をしているように見えるぞ」

フィオナが首をかしげて尋ねると、ボルグルは肩をすくめ、視線を甲板に落とした。


「フィオナの嬢ちゃん、やっぱり分かるかのぅ」


横でサラも顔をしかめ、尾を振るように身を揺らす。

「いつもの様子と違うニャ、誰でもすぐ分かるニャ」


ボルグルは小さく息をつき、懐から軸受を取り出して手に握った。


「…うーん、軸受が故障するのは二回目なんじゃが、故障する時間が早過ぎるんじゃわい。軸受は予備で三つ用意したんだが、このペースで割れてしまうと、一カ月も持たんぞい」


ボルグルは顔を曇らせ、軸受を樽の上に置くと割れた部分を指でなぞった。


「それは困りましたね」


ルーク船長は舵輪に手を置きながら、冷静に状況を整理する。

「今の速度は帆船の倍以上です。もし推進機が壊れた場合、帆で進むしかありません。速度が半分になれば、時間も倍に伸びます。安全を考えると、ひと月で公都に戻れる範囲の探索に限られます」


「ひと月ですか…」


「はい。それでも順調に戻れたと仮定した場合です」


「えっ、そうじゃない場合って何があるんですか?」

セリアが眉をひそめ、問いかける。


ルーク船長は視線を前方の水平線に向けたまま答えた。

「この先は更に『ドルドラム』の危険が増します」


「無風状態が続くってヤツですね」

レイが付け加える。


「はい。凪の海では帆船はほとんど進めません。そうなると、予定以上に時間を取られ、食料や水も足りなくなるかもしれません」


「その場合、間違いなく漂流しちゃうってことか…」

リリーは身震いした。


ボルグルが言った通り、このペースで軸受が壊れれば予備はすぐ尽きる。この海域でスクリューが止まれば、帰港できない可能性が出てくる。

(これ、早く何とかしないと…)


その時アルの声が脳内に響いた。

(レイ、その壊れた軸受を手に取ってみてください)


(ん? アル、何か良い手があるの?)


(もしかしたら壊れた軸受を修理できるかもしれません。ただ、完全に元通りにはならないかもしれませんが)


レイは、樽の上に置かれた軸受を手に取った。

手のひらに伝わる冷たい金属の感触。微細な亀裂や欠けが、光に反射してはっきりと見える。


(なるほど、確かにかなり損傷していますね。同じ素材があれば、部分的に溶解して再成形し、欠損部を補填することが可能です。やってみますか?)


(修理出来るならやってみよう)

レイは手にした軸受を見つめ、頭の中で整理する。

(ナノボットのことは伏せて、土魔法で部分的に再構築、くらいに言えば誤魔化せるはず…)


それからボルグルに声をかけた。

「ボルグルさん、これ、土魔法で修理出来るかやってみます。借りていって良いですか?それとこの軸受と同じ素材があったら、少しで良いので分けてください」


「はぁ?そんな、金属を修理できる土魔法なんて聞いたことないぞい」


「はい、オレもアルディアでその本を読むまで知りませんでしたから、かなりレアな魔法だと思います」


「まぁ、どのみちその軸受は使えんから、好きにして良いぞい」

そう言ってボルグルは立ち上がると、工具箱を漁り、小さなシャフト用スペーサーを放ってよこした。


「それが軸受と同じ素材じゃわい」


「ありがとうございます、ちょっと試してみます」

レイは壊れた軸受とスペーサーを抱え、自分の部屋へ向かった。


そのとき、アルの声が脳内で響く。

(レイ、アルディアの書庫で見た土魔法で金属が関係するものは、鉱土分離だったかと思いますが?)


(だって、ナノボットで修理って言っても伝わんないだろう)


(レイも詐欺師の才能が開花しましたね)


(自分でも言い訳が上手くなって驚くくらいだよ!)


部屋に戻ると、レイは壊れた軸受とスペーサーを机の上に並べた。

手のひらをかざし、魔力をゆっくりと流す。軸受を包むように柔らかな光が揺れ始めた。


「さて、これで作業範囲は安全かな…」

魔力で囲まれた空間の中、微細なナノボットたちが動き出す。



小さな金属の粒子が、壊れた軸受の表面で微かに輝く。ナノボットは軸受のひびや欠けを一つずつ修正し、足りない部分にはスペーサーから取り出した金属を補っていった。アルがナノボット用にも素材を確保していたのは言うまでもない。


光の粒子が軸受の表面を走り、傷が次々と塞がれていく。やがて金属は元の形を取り戻し、表面は新品のように滑らかになった。

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