第325話(島の洗礼)
森の奥へ進むにつれ、妙に静かになった。
鳥の声も虫の音も聞こえない。代わりに、熟れた果実が潰れたような甘い匂いが漂ってくる。
レイは足を止め、周囲を見渡した。
草むらの中で、巨大な花がひらりと咲いている。
花弁は血のように赤く、根元には小動物の骨が散らばっていた。
肉厚で色鮮やかな花弁は、さらに濃い香りを放ち、思わず手を伸ばしたくなるほどだ。
その瞬間、花の中心がぎしりと動く。
ねっとりとした液体が光り、レイは思わず後ずさった。
あれはただの花ではない――直感が告げる。
「人喰い植物!」
セリアとサラが反射的に身体強化魔法をかけ、いつでも飛び込める構えを取った。
フィオナは素早く弓を引き絞り、矢じりを花へと向けた。
リリーは大鎌を背中から引き抜くと、ゆっくりと足を開く。
「レイ君、どうする?」セリアが短く問う。
レイは花と散らばる骨を見比べ、唇を噛んだ。
「植物だし、動かなそうだから無理して戦う必要はないですよね。ここは避けましょう」
そう言って仲間を促し、花の前を大きく迂回して進む。
少し進むと、また赤い花が目に入る。小さな隙間を選びながら、そっと迂回する。
さらに進むと、また別の赤い花が現れ、迂回を強いられる。斜面のあちこちに散らばる花を避けながら、慎重に足を進める。
「……もう勘弁して……」リリーが小さく息をつく。
そして斜面の先に広がるのは、赤い花が無数に群生する一帯だった。血のように鮮やかな花弁が密集し、迂回では到底避けきれない。
「群生してる……!」
セリアが息を呑む。
すると風もないのに、花弁がわずかに震えた。
次の瞬間、土の割れ目からねっとりとした液体がビュッと飛び出し、仲間の足元を濡らし始めた。
「うわ、気持ち悪い!」
リリーが顔をしかめ、身をひるがえした。
「土の中から何か来ます!」
レイは咄嗟に仲間を引き寄せ、身体を低くした。
次の瞬間、地面が盛り上がり、太く硬そうな根が跳ね上がった。
「ウォール!」
レイが手を地面につけると、土の壁が仲間を覆った。太く硬そうな根が壁に当たり、ビュンッ、ビシッと鞭のような音を立てる。
「クソっ、なんだよ、あの攻撃!植物の範疇を超えてるよ!」
レイが憤慨する。
「レイ君、これじゃ進めないわよ!」
セリアが壁の向こうの群生を見て叫んだ。
「もう、焼き払います!」
(アル、頼む)
レイが掌をかざすと、アルが魔力を炎に変換し、次々とファイヤーボールが飛び出した。
火球がシュゥッ、ボフッっと花の群れを直撃すると、赤い花弁がパチパチと音を立てて焦げ、甘い香りは煙くさい焦げ臭に変わる。
「うわ……熱っ!」
リリーは土の壁の陰で顔をしかめた。
跳ね上がる根も、飛び散る粘液も、炎の前では力を失っていた。
「これでも食らえーっ!」
レイは口元に笑みを浮かべ、掌からシュゥ、シュゥ、シュゥッと火球を連射する。火球はボフッ、ボフッ、ボフッと群生していた花に直撃し、煙を上げながら花たちはしおれ、斜面には黒く焦げた花だけが残った。
「これは…派手にやったな……やり過ぎじゃないか?」
フィオナは黒焦げの花を見下ろし、苦笑いした。
「でも、鬱憤も少し晴れたニャ」
サラも苦笑いを浮かべ、拳を軽く握る。
「いや、一応生態系に考慮して避けようとはしたんですけど、一斉に攻撃してくるから……」
レイは肩をすくめて苦笑する。
セリアは小さくため息をつきつつも、目は少し笑っていた。
「まあ、気持ちが分からないわけじゃないけどね」
こうして人喰い植物の群生地を無事に突破し、レイたちは島の山頂にたどり着いた。しかし周囲は森ばかりで、遺跡があるのかどうかも分からなかった。
「これ、しらみ潰しに探すの?」
セリアが眉をひそめ、小さくため息をついた。
(レイ、ランドゲージは持ってきていますか?)
アルの声が、ふと森の静けさの中に響いた。
(バックパックの中にあると思う)
(なら、それを使えば、周囲五百メルに構造物があれば検出可能です)
「そっか、やってみよう」
レイはバックパックを下ろし、前に異世界人を無力化した時に手に入れた多機能端末を取り出した。
スイッチを入れると、低い起動音が森に響く。
(これ、放っておくと使えるようになるよね)
(まあ、多用しなければ、この先も役に立つでしょう)
レイは端末を手に、立ったままその場でぐるっと回る。
ピピッ、ピピッ――電子音を立てて、多機能端末が周囲をスキャンする。
すると森の中に、いくつか岩のような反応が返ってきた。
「この反応は、大きな岩だよね」
(確かに構造物というより自然物の反応ですね)
アルは端末の画面を確認しながら、落ち着いた声でそう告げた。
「なら、この島はハズレかな……」
レイは少し肩を落とし、仲間たちに視線を向けた。
「最初の島だし、そんな簡単に見つかるようなら、他の人がもう見つけてるでしょうね」
リリーは少し苦笑しながら言った。
「じゃあ、反対側も見に行くのだな?」
フィオナが首をかしげ、目を細める。
「そうですね…。一応、反対側に降りて、もう一度これでスキャンしてみます」
レイはランドゲージを見せながら答えた。
「それ、かなり助かるな……」
フィオナが小さく呟く。
「ランドゲージがなかったら、山の反対側も含めて、ここをくまなく探さなきゃならなかったものね」
リリーも同意するように頷いた。
こうしてレイたちは、山の反対側まで降り、山すそを回るように進み、最初の浜辺まで戻ってきた。
「やれやれ、ひとまず一周完了ね」
セリアが苦笑いを浮かべ、海を見渡す。
「思ったより赤い花が多くて疲れたニャ……」
サラも息を整えながら小さくため息をついた。
レイは端末をしまい、仲間たちの顔を見渡した。
「まあ、最初ですしね。次に期待しましょう」
こうして南方探索の第一歩――最初の島の探索は終わった。
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