第324話(ひとつ目の島)
南方探索は、ここまでは順調に進んでいた。
それもそのはず、航路はまだ海図が確立されている範囲で、危険も少ない。
だが――ここから先は違う。
確かな記録はなく、残されているのは口伝で語られる島の噂だけだった。
古い船乗りたちが「聞いた話だけどな」と言いながら伝えてきた類の話らしい。
甲板の上。
潮風を受けながら、レイたちは海を眺めていた。
「龍の島って、『帰らずの島』でしたっけ?」
レイがぽつりと尋ねる。
「龍が船を焼き払うっていう島ニャ?」
サラの耳がぴくりと動く。
「ええ。古代から棲む龍が、近づいた船を灰にするって話」
リリーが真剣な顔で答えた。
セリアも頷く。
「人喰い植物の島とか、黄金の財宝が眠る島とか……南方にはそんな噂がいくつもあるみたいね」
「そうだな。あとは海霧の島というのも聞いたな。船で近づくと方向が分からなくなるらしい」
フィオナが静かに言った。
「……どこまで本当なんだろう」
レイは海のかなたを見つめ、つぶやく。
サラは尾をゆらゆら揺らしながら、じっと海をにらんだ。
「どれも眉唾に聞こえるニャ。本当にあるのかニャ?」
レイは少し視線を変え、遠くの水平線を眺める。
(そういえば……帝国皇帝が言っていた、光を宿す盾のある古代遺跡の島の話は出てこなかったな。あれは誰も到達していない海の先にあるのか、それとも単に見逃しているだけなのか……)
「まあ、確かめるのが私たちの仕事でしょう」
セリアが笑って言うと、レイも頷いた。
***
それから一日が過ぎ、次の日の早朝にレイは目を覚ました。
(レイ、起きてください。甲板で島を発見したと報告が上がっています)
アルの声が頭の中に響く。
眠気をこすりながらレイは布団を蹴り飛ばし、素早く服を整えた。朝の光を浴びながら甲板に出ると、波がきらきらと輝き、遠くに小さく島影が見えた。
「……もう見つけたのか」
「にゃっ、島ニャ!」
馬房の先からサラの声が響く。耳をぴんと立て、尾をふりふりしている様子は、たとえ見えなくても興奮していることが想像できた。
甲板の一角にある馬房から、シルバーが小さく鼻を鳴らす。
「シルバー、落ち着け……いや、オレもなんだかワクワクしてきた」
レイは笑いながら甲板を駆け、仲間たちも次々に顔を出した。朝の爽やかな海風が頬を撫でる。
「さて……どこから上陸するかニャ?」
サラが耳をぴくりと動かして問いかけると、フィオナが肩をすくめて笑った。
「焦ってもしょうがない、まずは観察が先だな」
レイも頷き、双眼鏡を手に取った。
「じゃあ、ルーク船長に確認してみよう」
船長はレイから双眼鏡を受け取ると潮流や岩場をじっと見つめた。
「そこですね。潮の流れも穏やかで、馬も降ろせそうです。上陸には一番向いているでしょう」
ルーク船長は浜辺を指差した。
「了解です」
レイが声を上げると、船は白波を蹴立てながら島へ接近する。甲板では仲間たちが自然と身を乗り出し、緊張と期待が入り混じった空気が漂った。
「よし、上陸だ!」
レイの声に、仲間たちも表情を引き締める。
「シルバー、落ち着いて!」
イーサンが小声で声をかけると、シルバーは鼻を鳴らしながら馬房から甲板へ歩み出した。
船員たちは甲板にスロープを設置し、上陸の準備を進めている。ルーク船長も板を固定しながら声をかけた。
だが、その瞬間――
「ヒヒーン!」
シルバーが勢いよく鼻を鳴らすと、スロープの用意もまだのまま、そのまま砂浜へジャンプして飛び降りた。
「お、おい!? 馬が自分で飛び降りやがった!」
船員たちは呆気に取られ、口をぽかんと開けたまま立ち尽くす。
「さすがシルバーだニャ!」
サラは耳をぴんと立て、大喜びした。
レイは苦笑いしながら呟いた。
「……まあ、ずっと馬房の中だったもんな」
シルバーのジャンプに一瞬騒然となった甲板も、すぐに落ち着きを取り戻していく。
「よし、みんなも上陸するぞ!」
レイが声をかけると、仲間たちは順番にスロープを使って甲板を降りていった。
浜辺に荷物をまとめ終えたあと、レイたちはまず周囲の様子を確かめた。
左右は切り立った崖で、砂浜は思った以上に狭い。ぐるりと見回しても、他に進めそうな道は見当たらない。
「森に入るしかなさそうだな」
フィオナが言い、仲間たちもうなずいた。
森の入口に近づくと、急に空気がひんやりと変わった。
日差しは木々に遮られ、薄暗い影が地面に落ちている。虫や鳥の声もほとんど聞こえず、しんと静まり返っていた。
「……嫌な静けさね」
リリーがぽつりとつぶやく。
レイは一度足を止め、仲間たちを見回した。
「島を調べるために来たんだ。進もう」
その言葉に皆がうなずき、レイたちは森の奥へと足を踏み入れた。
木々は密集し、枝が互いに絡み合って、簡単には進めない。葉が顔にかかり、時折服や髪に引っかかる。
「うわっ、枝が邪魔で前に進めない……」
セリアが手で枝を払いながら、顔をしかめた。
「足元も油断できないね。根っこや岩でつまずきそう」
リリーも慎重に一歩を踏み出す。
森の奥へ進むにつれ、地面は少しずつ傾斜を帯びてきた。
足元の土は湿って滑りやすく、踏みしめるたびに小石が転がり落ちる。登るほどに視界は狭まり、森の空気がじっとりと肌にまとわりついた。
しばらく進んだところで、レイがふと振り返った。
鬱蒼とした木々の隙間から、青い海がきらりと見える。
「……けっこう登ってきたな」
レイは小さく息を吐いた。
セリアも振り返り、汗を拭いながら頷く。
「ほんとだ。海がずいぶん下に見える」
索敵をしていたサラとフィオナが、しばらく前から黙ったままだった。
レイはその様子が気になり、二人に声をかける。
「フィオナさん、サラさん。この森、何か潜んでいそうですか?」
サラの耳がぴくりと動いた。
「……何もいニャい!」
フィオナも視線を森の奥に向けたまま、低く答える。
「生き物の音が、ほとんど聞こえないんだ」
レイは思わず足を止め、周囲を見回した。
確かに、聞こえるのは風の音と、自分たちの足音だけだった。
(アル、オレも聴覚強化を頼む)
(了解です。ただ二人の言っていることは正しいです。生き物の音や気配がまったくしません。鳥さえも居ないようです)
レイは眉をひそめた。森全体が息を潜めているような、妙な静けさが辺りを覆っていた。
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