第322話(外洋に挑むために)
ボルグルの作った、風の影響を受けにくい船は魅力的だった。南方へ行くほど、無風帯があり、長時間ほとんど風が吹かない日が続くこともあるという。だが、新しい船だからこその問題もあった。魔石の消費量や、未知の故障の可能性だ。
「レイ君、その弱点はどうにかなるんじゃないかな。船員はアルディアから精鋭が送られてくるって聞いてるし……」
セリアが口を開く。
「魔石も、エヴァルニアで倒した魔物から確保できれば、なんとか集まるんじゃないか? エヴァルニアの協力は必要かもしれないがな」
フィオナが続ける。
「そうですね。船員と魔石は、目途が立ちそうです」
レイは二人を見やり、うなずいた。
「まぁ……魔石燃費が心配じゃからのぅ。最低限の備蓄は今のうちに確保しておかんといかんぞい。それに新しい推進装置だから精鋭の船員と言っても習熟は必要じゃわい……」
ボルグルは少し眉を寄せる。
「これで二つですよね。最後の修理は…ボルグルさんが?」
レイが確認すると、ボルグルはにやりと笑った。
「もちろんじゃわい。こんな面白い仕組み、わしが見届けんでどうするんだぞい」
「頼もしいですね。じゃあ、南方探索に一緒に行ってもらえませんか?」
「わしはのう、むしろ外洋に出るのが夢なんじゃわい。あの魔道タービンが荒波を越えて進む姿を、この目で見てみたいんじゃぞい」
「……楽しんでそうだニャ」
サラが小さく苦笑した。
「……素敵な夢ですね。なら、僕にも手伝わせてください。魔石の準備や船員の確保なら、何とか段取りできると思います。予備の部品も、寄付金を集めれば製作できるはずです」
レイは船を見上げながら、その夢は形にできると信じていた
「……レイがそこまで言うなら、わしも腹を決めたぞい。部品でも魔石でも、必ず動くよう仕上げてみせる。職人の意地にかけてのう!」
ボルグルは胸を張り、誇らしげに笑った。
「そうだ、レイ。今回はこのプリクエルも同行させるぞい」
ボルグルがにやりと笑った。
ボルグルの後ろに控えていたドワーフの男がヌッと前に出てきた。
「プリクエルだ。あんたはドゥーリンの酒場にいたヤツだな。ボルグルに変なこと吹き込んだおかげで、毎日寝不足だぜ」
プリクエルは腕を組み、少し不機嫌そうに言った。
「こやつはわしと一緒に蒸気タービンを作り上げた相棒じゃ。寝不足なのは、楽しすぎて夜通しやっとったせいじゃわい」
ボルグルは誇らしげに肩を叩いた。
「お前こそ寝てないだろうぜ」
プリクエルが笑みを浮かべて突っ込む。
「まぁ、お互い様じゃわい。腕は確かだし、連れて行くのに問題はないぞい」
ボルグルは胸を張った。
「ボルグルがやかましいのが問題だぜ」
「口だけは達者だな、プリクエル」
「お前もな」
サラは小さく苦笑した。レイも笑いながら頷き、プリクエルに向き直った。
「よろしくお願いします、プリクエルさん」
プリクエルは少し間を置いて、軽く肩をすくめて答えた。
「仕方ねぇな……よろしく頼むぜ」
その口調とは裏腹に、目の奥にはわずかな期待が光っていた。
レイたちがボルグルとプリクエルのドワーフたちと話していると、港に大きな帆船がゆっくりと入ってきた。
五本マストを持つ優雅な船体――アルディアで用意された巡礼者専用船『天翔ける聖翼』だ。
甲板の上で、見覚えのある姿が手を振っている。
「……ルーク船長!」
レイは思わず大きく教会式の挨拶を送った。
ルーク船長も気づいたようで、甲板から笑顔で手を挙げる。
やがて船が岸につけられると、ルーク船長が降りてきた。
「お久しぶりです、大聖者様」
「お久しぶりです、ルーク船長。顔見知りの人に大聖者と呼ばれると、どうにもこそばゆいですね。レイと呼んでください」
ルークは軽くうなずき、口元を緩めた。
「分かりました、レイ様。以前より落ち着かれたご様子で、頼もしく感じます。南方探索の件で、あなたのお力になるよう教皇様から命じられ、イシリアに参りました」
「ルーク船長なら心強いです」
「そう言っていただけると嬉しいのですが……少し問題があります」
レイは首をかしげた。
「問題ですか?」
ルークは港に停泊した『天翔ける聖翼』を振り返る。
「あの船です。航行性能は申し分ないし、外洋でも十分やっていけます。ですが、あくまで巡礼船。喫水が深いので浅瀬や小島には近寄れません。上陸するなら小舟に積み替える必要があります」
「なるほど……探索向きじゃない、ということですね」
「アルディアには他にも沿岸交易船や渡し船はありますが、積載量や航続距離が足りません。外洋に出るなら、あの巡礼船しか選択肢がないのです」
「なるほど……」
「はい。それと、百人規模で動かす船ですから、長旅になると食料や水の積み荷が馬鹿になりません。補給計画はきっちり立てる必要がありますね」
レイは仲間たちを見やり、うなずいた。
「ルーク船長……もし、ボルグルさんが作った船であれば、探索に向くでしょうか?」
そう言って、レイはボルグルの作った船へルークを案内した。
甲板に上がると、ルークは感心したように周囲を見渡した。
「キャラック級……探索にはもってこいの大きさですね。でも、真ん中の煙突は……?」
「それは魔道蒸気タービンの煙突じゃぞい」
ボルグルが誇らしげに笑う。
「魔道蒸気タービンですか?」
「新しい推進装置じゃ。これで船尾のスクリューを回せば、風がなくても進めるんだわい」
ルークの目が輝く。
「それは、凪——ドルドラムの時でも船を動かせるんですか?」
「そのための蒸気タービンじゃぞい!」
「素晴らしいですね。そういえば、この船は何名くらい乗せられるのですか?」
「今は実験用にいろいろ積んでおるからのう。それを退かせば、三十名程度は乗せられるぞい」
ルークは目を細め、やや微笑む。
「それなら、この船で南方探索はうってつけです。こちらからは選りすぐりの船員を出します。ただし、帆船の経験はあっても、推進機付きの船の操船経験は全くありません。数日は港で訓練させてください。外洋に出る前に、確実に扱えるようにしておきたいのです」
「もちろんじゃわい。港で訓練するなら、蒸気タービン船の扱い方もわしが教えてやるぞい」
魔石の手配と補給計画、そして船員の訓練と、やるべきことはまだ山積みだが、船と船員の手配は、なんとか形になりつつあったのだった。
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