第320話(分解思考)
「大変な事態って、何が起きたんですか?」
レイの問いに、大司教は一度深く息をつき、言葉を慎重に選んだ。
「それが……南方探索の依頼についてです。まず、アルディアから“船と船員をイシリアに送る”と連絡がありました。それを皮切りに、エヴァルニア国からは探索への全面協力、さらにイシリア王国やマルカンド共和国、ラムセリア公国、ザリア自治領からも資金援助の申し出が相次いでいます」
(ちょ、ちょっと待って……エヴァルニア国の支援は分かってたけど、イシリア王国も、マルカンドも、ラムセリアも、ザリア自治領まで!? なんでそんなことになってるんだ!?)
大司教は続けた。
「今、イシリア教会本部がその窓口となっていますが……各国の動きを受け、国内外の商業ギルドからも寄付金が集まり始め、さらに個人の商人等からも次々と寄付の申し出が。――おかげで教会の事務が追いつかず、混乱を極めているのです」
レイは思わず声に出した。
「……オレは、どうしたらいいんですか?」
「……つまり、レイ殿には、この支援を整理し、南方探索の準備を取りまとめてもらいたいのです」
レイは、少し戸惑いながら答えた。
「わ、わかりました……まずは何から手をつけるか、整理しないとですね。すぐ教会本部に向かいます」
「よろしくお願いします。お待ちしています」
大司教が静かに教会へ戻っていくと、レイは深呼吸をひとつし、パーティメンバーの元へ戻った。
「皆、聞いて。南方探索の件で、さっき大司教から聞いた話があるんだ」
レイはリビングのテーブルに腰を下ろし、仲間たちも周りに集まる。
そしてレイは先ほどの大司教から聞いた話を皆にも話した。
フィオナは腕を組み、難しい顔をした
「悩んでいた事のほとんどが一気に解決したが……今度は新たな問題が出たという感じだな」
セリアも頷き、慎重な口調で付け加える。
「船や人員はアルディアなら聖地巡礼の船も出してるから何とかなりそうだけど、探索計画自体はまだだし。どこから手をつけるか迷うわね」
リリーは手帳にペンを走らせながら整理した。
「とにかく、ここに居ても掴めないわね。教会に行きましょう」
レイは小さく息をつき、仲間たちを見渡す。
「じゃあ、皆で行こう。まずは教会で状況整理から」
「よし、教会に出発ニャ」
シルバーの引く馬車に乗り込み、石畳の街路を進んでいく。
ところが――。
「……あれ、なんだニャ?」
サラが窓の外を指さす。
道の両脇に、人々がずらりと整列していた。商人風の男たち、農民らしき家族、見慣れぬ旅人の姿も混じっている。その列は延々と教会の方角へと続いていた。
やがてレイたちは気づく。
(……これ、全部寄付をする為に並んでるの?南方探索のために?)
「おい、あれ、大聖者様の馬車じゃないか?!」
「頼んだぞ! 南方の海を切り拓いてくれ!」
「イシリアの誇りだ!」
馬車を見つけた群衆から、次々と声援が飛ぶ。
拍手を送る者、帽子を振る者、涙ぐむ者までいた。
レイは思わず背筋を正した。
なんだか、気づかないうちにすごいことになっていた――。
「こんなに大騒ぎになってるなんて思わなかった。これ収拾がつくのかな」
アルの声が頭の中に静かに落ちる。
「レイ、問題に対し漠然と全体を見ると人は尻込みします。やるべきことを細かく分解して“人・物・金・時間”で考えましょう」
レイは顔をしかめて尋ねた。
「それって、どういうふうに?」
アルが落ち着いた調子で答える。
(たとえば“人”なら、船で移動するのに必要と思われる役割は――船長、航海士、操舵士、甲板員、修理主任、医療、調理、在庫管理などになります。そのうち、レイたちのパーティで割り振れるのは医療、調理、在庫管理です。残りは外部から補強するしかありません。こうやって細かく見ていけば、やることが浮き彫りになります)
レイは「なるほど……」と小さく頷き、肩に入っていた力が少し抜けた。
(そうやって人が決まれば、準備する物資の数も見えてきます。総勢二十人で行動するなら、その分の食料や備品が積める船が必要です。大きければ良いというものではありません)
「そっか。二十人なら、その人数分の食料や備品を積める船で十分なんだな。アルディアから船って聞いた時は、巡礼者専用の大きな船を想像しちゃったけど……そこまでの規模は要らないか」
(その通りです。レイ、大きな問題も分解して考えれば、小さな課題に変わります。あとは課題ごとに優先順位をつければ良い。人数が決まっていれば、『大きな船はいらない』と判断できたのも、その分解の結果です)
「ありがとう、アル。その方法でやってみる。それにこの寄付金の列も一ヶ所に集中しちゃうから大きくなってるんだよね。なら分解しちゃおう」
(そうですね、人の流れを分けることも、課題の分解です)
教会に着いたレイは、寄付金を渡そうとする信者や商人に向かって声をかけた。
「皆さん、ありがとうございます。でも、今は教会がパニックです。そこでお願いがあります。
イシリアの方はイシリアへ、エヴァルニアの方はエヴァルニアへ、マルカンドやラムセリアの方も、それぞれ自国を通して義援金を納めていただけませんでしょうか?
個人で直接持って来られるよりも、国からまとめて教会に届けてもらった方が、確実に必要な場所に届きます。これなら準備もずっとスムーズに進められます。どうか、ご協力をお願いします」
レイの声が響くと、ざわざわしていた列が一瞬静まり返る。信者たちは互いに顔を見合わせ、商人たちは手にした小袋を握り直す。
「国を通す……ですか?」と小さな声で誰かがつぶやくと、他の人も頷き始める。
するとあちらこちらから元気な声が返ってきた。
「大聖者様〜、分かった〜!」
「分かりました!」
列を作っていた人々は自然と散らばり、国を通じて寄付する方法に切り替えるべく、少しづつ動き始めた。教会内の混乱も少しずつ落ち着きを取り戻していった。
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