第317話(古代遺物の序章)
帝国辺境の村事件とも呼ぶべき出来事が終わり、一行はエヴァルニアへと引き返した。
その途中で、同行していた上級司祭のエリーシャとジョリーンに別れを告げることになった。
「エリーシャ様、ありがとうございました」
「ジョリーン様も、本当にありがとうございました」
エリーシャはにっこりと笑って、何気なく言う。
「大聖者さま、ちゃんと食べて寝てくださいね? 無茶したら駄目ですから。……あ、でも、無茶してる姿は、ちょっとかっこいいですけど」
ぽろっと本音が出て、自分で照れながら胸に手を当てる。
すかさずジョリーンが手を振りながら口を挟む。
「ちょっとぉ、アンタねぇ! そんなこと言うから大聖者様が調子に乗るのよ! レイちゃん、いい? 女の涙と男の友情は安く見積もっちゃダメ! アンタは人を導く立場なんだからね!」
軽口と説教の応酬に場が和みかけるが、二人はすぐに表情を改めた。
エリーシャは姿勢を正し、静かに頭を下げる。
「……どうか、四大神の御加護があらんことを。またお会いできる日を信じております」
ジョリーンも胸に手を当て、凛とした声で告げる。
「大聖者様の道行きに、四大神の導きがあらんことを。我らもまた、務めを果たして再びお目にかかりましょう」
二人は同時に一礼し、そのまま背を向けて馬車の方に歩いて行った。
その背中を見送りながら、レイは姿勢を正し、もう一度深く腰を折った。
「ありがとうございました」
行きに立ち寄った野営地で一泊したのち、無事エヴァルニア国へ戻ってきた。ここでようやく、護衛騎士カイルたちにも正式に「お役御免」が告げられる。
カイルは恐縮しながら言った。
「私はお役に立てたのでしょうか……ワイバーン戦も、教会での帝国少将との会談も、足手まといだったのではと反省しております」
レイは微笑みながら答えた。
「そんなことはないよ。カイルたちの力がなければ、解放された後の仮拠点を作るのもままならなかったって聞いてるし、無事には帰れなかったかもしれないよ。次回の帝国公式訪問でも力を貸してほしいんだけど、良いかな?」
カイルは力強く答えた。
「はっ、次回こそは必ずお役に立って見せます!」
残りの護衛騎士、ハロルド、スタマイン、スミス、ポンコ、ユキミの五名と共に、カイルはアルディアへと帰って行った。
エヴァルニアに戻ったレイは、アルディア宛てに手紙を書いた。
内容は、これまで仲間に説明してきた“公式の説明”を簡潔にまとめたもので、関係各国にも伝えてほしい旨をアレクシアへのお願いとして添えてある。
「これで各国が緊張しなくて良くなったのは救いになったのかな」
レイが小さく漏らすと、すぐに仲間が応じた。
「その分、今度は古代遺物探しで本気を試されるってことね。戦争を止めた大聖者様の次の相手は、南方の謎ってわけ」
リリーが肩をすくめて、冗談めかして言う。
「そうね。だけど、大きな戦にならずに済んだのは、きっとレイ君のおかげよ」
セリアが微笑みながら言い添える。
「誠にその通りですな」
思いがけず、低い声が響いた。
レイたちが振り返ると、そこに立っていたのはエヴァル三世その人だった。
傍らには、バルタザール宰相とグレゴール国防大臣の姿もある。
「エヴァル国王、どうしてここに」
驚くレイに、国王は穏やかに笑う。
「いや、レイ殿が戻ったと連絡があって、急いで来たのだよ。帝国との会談がどうなったかは、我が国にとって何より重要なことだからな」
エヴァル三世がここまで直々に足を運ぶのも無理はなかった。帝国に狙われていたエヴァルニアにとって、この一件は国運を左右する大事件だったからだ。
レイは姿勢を正し、帝国での出来事を説明した。捕縛は命令の行き違いであり、帝国もまた和平を望んでいたこと。そして戦は避けられ、大聖者として認められたこと――。
話を聞き終えた国王は、深く頷いて安堵の息を漏らす。
「そうか……戦は避けられたのだな。それを聞いて、どれほど救われたか」
だが、すぐに表情を引き締めた。
「ただ、その見返りとして、南方に眠る古代の遺物探索を依頼されたと聞いたが」
レイはうなずき、慎重に言葉を選んだ。
「はい。ただ……まだ計画を立て始めたばかりで、何も進んでいません」
「ふむ、その件は帝国にとって南進するより意味がある事なのか解せぬ内容ではあるな。もしかするとレイ殿を遠ざける、または失礼な言い方になるが、南で待ち伏せと言うこともあり得るか…?」
「いえ、そうであるならば、私を拉致したままの方が帝国としても楽なのではないでしょうか?」
「ふむ……確かに一理ある」
国王は顎に手をやり、しばし沈思した。やがて顔を上げ、レイを真っ直ぐに見据える。
「ならばなおのこと、我が国としても見過ごすわけにはいかぬ。帝国の真意がどうあれ、南方の探索は必ず成されねばならぬ事だ。エヴァルニアとしても、その成果を共に背負うことで帝国との均衡を保ちたい」
「……陛下」
「レイ殿。そなたが受けた依頼を果たすことは、そなた個人の務めにとどまらぬ。我が国の未来にも繋がる。ゆえに、船も人員も資金も、必要とあらば遠慮なく申し出て欲しい。――いや、こちらから用意させていただこう」
国王の声には、もはや申し出というより「決意」に近い響きがあった。
レイは言葉を失い、しばし国王の眼差しを受け止めた。
――これは、もはや単なる申し出ではない。国の存亡を背負った「要請」だ。
レイはエヴァルニア国王の申し出を受け入れた。
だが事は、エヴァルニア国の枠内にとどまらなかった。
レイがイシリア王国に戻るまでの短い間に、この計画の噂がどこからか広まってしまう。
その結果、ザリア自治領もイシリア王国も相次いで名乗りを上げ、レイの探索にスポンサーとして協力することが決まってしまった。
もはや、レイが望む望まぬに関わらず――南方への探索は、南大陸全土を巻き込む大事へと動き始めていったのだった。
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