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第316話(厚遇という鎖)

レイはサティを背負ったまま、村を出ようとしていた。

だが、その背後から落ち着いた声がかかる。振り返ると、皇帝の側近と名乗る人物が歩み寄ってきていた。


「お待ちください、大聖者殿」


恭しく頭を下げた彼は、信じがたいことを口にした。

エリーシャやジョリーン上級司祭が乗ってきた馬車に馬、さらには御者まで——すべてを一緒に連れ帰ってほしいというのだ。


そして極めつけは、礼拝堂で奪われた剣や弓。

それらがまるで「新品」かと思うほど丁寧に磨き直され、レイの手に戻ってきた。


(……なんだか、あからさまだな)


身勝手な捕縛から、手厚い歓待へ。

まるで舞台の幕が切り替わったかのような変化に、レイの背筋は冷たくなった。これは親切ではなく、縛りなのだと理解した。


(レイ、帝国内で皇帝の権力は絶大で、従わざるを得ない者も多いのでしょう)


(……確かに皇帝とは取引したけど、ここまで手のひらを返されると、何を考えているのかわからなくなるな…)


(村を出るまでは気を抜かずにいきましょう)


(また行き違いで捕まりたくはないもんな)


胸中でそう呟きながら、レイは馬車の中に入っていった。側近の視線は穏やかだが、油断はしていないことが伝わってきた。


***


雪を踏む音と車輪の軋みだけが、帰り道に響いていた。

馬車の中で、サティがかすかに目を開ける。


「……レイ、私は……どうなったの?」


掠れた声で尋ねる。

レイは一瞬、答えを探して沈黙した。


「母さん、大丈夫。無事に終わりました」


短い言葉で、レイは説明を矮小化する。

村の壊滅は野盗の仕業だった。大聖者の魔法は関与していない。

帝国の目的は会談であり、捕縛は命令の行き違いだった。


——それが“公式の説明”だった。


サティは小さく息を吐き、それ以上追及しなかった。だが、皇帝から渡された一通の書状が、新たな重石となる。


「和平に尽力した大聖者を帝国へ招きたい」


一見すれば丁重な招待状。

だが実際には、盾の在処を突き止めたとき、皇帝に連絡させるための口実に過ぎない。


(……鎖が増えただけだよな)


しかも与えられた情報はただ一つ。

「南方の島に隠されている」——漠然とした言葉だけ。

南には無数の島がある。探すだけでも気が遠くなる。


「……まずはイシリアに帰って整理するしかない」

小さく呟いたとき、不意に声が飛んできた。


「そこの馬車、ちょっとお待ちを!」


レイは驚き、馬車の窓から声の方をのぞく。

山道を駆け下りてくる影——イーサンだった。

どうやら、先に解放されていた仲間たちは山中に仮設の拠点を築いていたらしい。そこへ、見覚えのある教会の馬車が戻ってきた。


レイの胸に重いものが広がる。

帝国から与えられた“厚遇”は、同時に縛鎖でもある。真実をすべて話すことはできない。だが隠し続ければ、仲間との信頼にひびが入る。


(アル……どう説明すればいい)


ナノボットを介して、アルの冷静な声が響いた。


(“道を探す”とは言えません。ですが“南方に眠る古代の魔具を調査する”——そう置き換えれば、不自然さはありません。遺物探索なら冒険者の行動として十分に筋が通ります)


「……なるほど」


確かに、それなら仲間を欺くというより、別の真実を差し出すことになる。


その時、イーサンが駆け寄り、険しい顔で馬車を見上げた。


ゆっくりと馬車の扉が開き、レイが姿を現す。

彼の後ろには、まだ体を横たえたサティがいた。


「レイ様……! 無事だったんですね。でも、帝国に囚われたはずなのに……この馬車は?」


続いて、サラやセリア、フィオナ、リリーも駆けつける。


「レイ君、何ともない? もう一回、村に乗り込む計画を立ててたんだよ」

「少年、無事だったニャ。どうしてあそこから逆転出来たのニャ?」


レイは仲間たちの視線を受け止め、静かに答えた。


「……どうやら帝国は、命令の行き違いで拉致しただけだったようです。帝国も和平を望んでいたようで、その証拠に、大聖者として認められ、装備も返してくれました。

……そして、帝国の依頼を引き受けることにしました。それは南方に眠る古代の遺物を探す役目です」


仲間たちのざわめきが広がる。


「レイ、帝国の依頼など受けて平気なのか? 利用される危険はないのか?」

フィオナが声を上げる。


「帝国が南方の古代の遺物を探そうとしているのは気になるわね」

リリーも言った。


「でも……もし本当に古代の遺物なら、放っておくのは危険かもしれない」

セリアは慎重に言葉を選ぶ。


レイは息を潜めながら、その反応を見守った。


(……これで当面は凌げますね)


アルの声が安堵を滲ませる。

だがレイの胸中にあるのは、むしろ新たな重荷だった。


盾の真実。皇帝という得体の知れぬ存在。

そして、仲間には本当のことを話せず、嘘を重ねるしかない現実。


「……帰ったら、整理をつけなきゃな」


その呟きは白い吐息となり、冷たい山風に消えていった。


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