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第315話(皇帝との対面)

皇帝の存在感に、レイの体が一瞬硬直した。周囲の兵士たちも動きを止め、こちらを監視している。


「ようこそ、君が大聖者のレイであっているかね」


低く抑えた声が礼拝堂に響いた。威圧と冷静さが混ざる、不思議な重みのある声だ。


「皇帝……」


レイは短く答え、皇帝から視線を外さないようにする。背中のサティを守るため、全身に警戒を巡らせながら。


「その若さで大聖者とは、噂には聞いていたが、思った以上に若いな」

皇帝は仮面越しに僅かに微笑んだ。その微笑みさえ、緊張感を増幅させる。


「それ以上の褒め言葉は要りませんよ」

レイは心の中で、脱出や戦闘への準備を巡らせつつ、皇帝の出方を測った。


「なるほど。動じないか、慎重だな。だが、どこに行くつもりだ?」

皇帝の声には疑念と興味が混ざり、礼拝堂全体を静かに支配していた。


レイは一歩前に出る。


「この村が壊滅した原因は偽装され、人の手によるものだと既に話しました。私への疑いは晴れたはずです。そちらは、どう考えておられるのですか?」


沈黙が二人の間に流れる。息を潜め、互いの出方を探る。礼拝堂の空気が張り詰める。


「余は、元より大聖者を帝国に招き、話を聞くつもりであった。バガン少将のやり方が少々過ぎたようだな。しかし、余は直接、大聖者の言葉を確かめたくなったのだ」


レイは一瞬、考えを整理する。皇帝が敵意を隠しているわけではない。しかし目的の全ては読めない。

だが、すべてを知らぬふりをしているわけでもない。

この男は――どこまでを許し、どこまでを切り捨てようとしているのか。


皇帝は続ける。


「一つ教えてくれ、半年前まではEランク冒険者だったと聞いている。それがどうして、半年で大魔法を使えるようになったのだ?」


「それを、この場で聞いてどうするんですか?」


皇帝は一瞬視線を落とし、低く笑ったように見せる。

「なるほど、答えを拒むか……だが、私は答えを聞きたいのではない。理解させたいのだ」


「何を理解させたいと?」

レイは皇帝の言葉の意味を即座には理解できず、思考を巡らせた。


(落ち着いてください、レイ。答えを出すよりも、相手の思惑を把握することを優先させましょう)

アルの声が脳内で、ふと優しく響く。


皇帝は視線を外さずに続ける。

「大聖者よ、ここからは余人を交えずに話がしたい。少し待て」


レイは視線を外さず、背中のサティを守りながら立ち止まる。


皇帝は周囲を取り囲む近衛に目を向ける。

「近衛、席をはずせ。暫く外で待て」


近衛たちは互いに視線を交わすが、一度は踏みとどまる。

「陛下、しかし目の前にいるのは大聖者です。護衛なしでは――」


「余の言うことを聞け。外で待て」

近衛たちは渋々後退し、鎧が床をかすめる音だけが残った。


残されたのは皇帝とレイ、背に負ったサティだけ。


皇帝は羊皮紙を取り出し、レイの前に差し出す。長い時を経て色あせ、擦り切れた紙には鍵を示す符号が書かれていた。盾、光、五つの道――文字を追うだけで、ただならぬものだと分かる。


皇帝は静かに言った。

「この盾を探し出せる者を探していたのだ」


だが、レイはすぐに問い返した。

「ならば、なぜこのことをイシリア王国に示して、協力を仰がなかったのです?」


皇帝はわずかに口元を歪め、低い声で答える。

「帝国にも、信用できる者はいない。この古文書の存在を知っているのは、この私だけだ」


皇帝は視線を鋭くし、低く紡ぐように続ける。

「大聖者よ。この文書が示す力――偶然ではない。お前の力は、この世界に長く秘されてきたものと繋がる“鍵”であり、その道が現れる場所はイシリア王国にある。だから帝国は、強引にでも南へ進んだ。この世界の均衡が揺らぐ事態を防ぐためにな」


レイは紙を握りしめ、この半年で起きた数々の不思議な出来事を思い返す。

そのために――魔物をけしかけたというのか? だが、そうと断じるには話が噛み合わない。

もしかすると、皇帝の言う通り、自分はこの世界に“鍵”として託された存在なのかもしれない。

理解しきれぬまま、ただ胸の奥で、何か大きな流れに巻き込まれている実感だけが確かに残った。


(皇帝は敵じゃなかったのか? どうも嘘を言っているようには思えなくなってきた)

(全てを話しているわけではなさそうですが、南進する目的だけははっきりしましたね。完全に信用する必要はありませんが……ここで拒めば、また戦になります。取引に乗る方が得策かも知れません)

アルの声が、静かに脳内で響く。


皇帝は視線を外さず口を開いた。

「その道が現れたとき、余も同行させてほしい。お前の手で、この世界の均衡を守ってほしいのだ」


レイは呼吸を整え、最も聞きたかった質問を口にする。

「……では、私がその道を見つけるために動くなら――帝国は南進をやめると、約束できるのですか?」


皇帝はゆっくりと手を広げ、レイを真正面から見据える。仮面の下に潜む視線は鋭く、動きを読み取ろうとする獰猛ささえ感じさせた。

「約束しよう。元より余自身がその道を探すつもりであった。しかし、鍵となる者が現れた以上、帝国が南進する必然は失われたと余は考えている」


レイは皇帝の声音を受け止め、背筋を正した。

“考えている“という言葉に、皇帝の意図が完全には掴めないことを感じる。だが、アルの助言――皇帝は目的のために行動する人物――を思い浮かべ、ゆっくりと頷く。


皇帝も短くうなずき、レイから紙を受け取る。礼拝堂には、なお張り詰めた空気が漂っていた。


レイが皇帝に視線を向けると、皇帝は微動だにせず、その目をじっと見返した。数秒の静寂。やがて、低く落ち着いた声が礼拝堂に響く。


「この話は決して外に漏らすな。二人きりの場だからこそ、余は全てを話した。理解し、行動してもらいたい。この大役を引き受けるか?」


レイは静かに息を整えた。

この場で下す判断が、戦か和平かを分ける。

それを理解したうえで、彼はゆっくりと口を開く。


「……良いでしょう。それが本当に争いを止めることにつながるのなら、受けましょう」


一瞬、礼拝堂に沈黙が落ちた。

皇帝の目がわずかに細まり、表情には読めない光が宿る。


「賢明な判断だ、大聖者よ」


その言葉を発した皇帝は、静かに一枚のメダルを差し出した。双頭の龍が絡み合う紋章は、帝国の威厳と力を示すものだった。このメダルがあれば、帝国のどの都市でも、もちろん帝国城の中にも入ることが許される。


「これを持って行くが良い。全ての鍵が揃った時、余の城に来てほしい。――その時は帝国も大聖者と認める声明を出しても良い」


皇帝の声は揺るぎなかった。力と野望、そして冷静な計算が混ざり合った音色が、礼拝堂に長く残った。



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