第312話(雪中の営地)
311話で書き直す一つ前の状態で投稿していました。0時30分に改稿したものに差し替えました。
内容は少将が兵士に囁いた言葉を拾い、セリアに伝えるようになっています。
それを受けてセリアの第一声がレイからの伝言になっています。
仲間たちは洞窟の外へ押し出された。
冬の山間、雪に覆われた道。手にできるものはなく、服だけが頼りだった。
「こんな状態で……どうしろっていうんだ」
誰かが吐き捨てるように言った。
セリアは周囲を見渡す。そして帝国兵がいないことを確認すると、小声で呼びかけた。
「みんな、聞いて。レイ君からの伝言よ。連中は“解放”すると言って、凍死させるつもりなの。絶対に生き延びろって」
「そうだったのニャ?どうりで簡単に解放したと思ったニャ」
サラが思わず声をあげた。
「そう、レイ君とのさっきの小芝居はそう言うことだったのね」
リリーは冷静にうなずいた。
「そうらしい、貸し一つだがな…」
フィオナは眉をぴくっと動かした。セリアがレイに抱きついた件に少し不満そうだ。
「でもこのまま山を越えるのは危険すぎるわ。体力を奪われる前に暖をとれる対策が必要ね」
セリアが言うと、みんなも頷いた。
「それに武器がない状態で山道を進むのも危険だ。魔物も潜んでいるし、無理はできないな」
フィオナは雪道を見つめ慎重に言った。
「まずは自分たちの安全を確保しながら動かないと。あっちはレイ君だけなら奥の手で脱出できたでしょうけど、サティさんも一緒だと簡単には村から出られないだろうし…」
セリアは小さくため息をついた。
「そうね……レイ君を待つにしても、まずは風を避ける場所を見つけないと。ここにいても仕方ないわ」
リリーが続けた。
護衛騎士たちは肩をすくめるしかなかった。寒さと無力感が足取りを重くした。
「あなたたちも協力して。ただし無理は禁物よ」
上級司祭のエリーシャとジョリーンも自分たちの護衛に指示を送った。
一行は山の中を進み始めた。手足の感覚は次第に鈍くなり、吐く息が白く舞った。空はどんよりと曇り、今にも雪が降りそうだ。
「雪が降りそうね」
セリアが空を見上げる。
「うむ、悠長にしていられないな」
フィオナも視線を巡らせた。
ユキミがふと立ち止まり、雪を見つめた。
「子供の頃、雪で小さなカマクラを作ったことがあります。あの時はスコップや手袋もあったけど……」
「カマクラ?」
「はい、雪をドームの形にしてから外側を固めて、中をくり抜くんです。そうすれば風除けにもなるし、中は意外と暖かいんです。雪山の中では、風を防ぐのは体力温存に重要です」
ユキミが説明する。
「しかし、素手じゃ雪を集めるのも大変じゃないの?」
リリーが不安そうに訊く。
ユキミは肩をすくめた。
「はい、無理はできません。なるべく袖で手に直接雪を触らないようにして、皆で少しずつ作るのです。小さな雪の塊を押し固め、壁の形にしていく感じです。大きさは最小限、みんなが風除けの中に入れるだけで十分です」
フィオナが腕の太さ程度の枝を拾い、ユキミに差し出した。
「これなら雪を押し固めるのに使えるんじゃないか?」
ユキミは頷き、枝を手に取り雪に押し当てる。
「そうですね。こうして雪を押し固めながら、壁を作っていきます」
カイルは雪をかき集め、小さな塊にまとめた。
「思ったより力がいるな……」
仲間たちはユキミの指示に従い、雪を押し固める作業を続けた。雪は本降りになり、手で押しても固まらず、作業はなかなか進まない。
サラが息を吐き、苛立ちを隠せない様子で叫んだ。
「まだ壁が膝くらいしかできないニャ!」
フィオナは地面に這いつくばり、雪を押し広げた。
スタマインは枝で叩きながら白い息を吐く。
ポンコが手を押さえ、顔を歪めた。
「……手が、冷たい……」
見ると指先は紫色に染まっていた。
ユキミは駆け寄り、治癒魔法をかける。寒さと疲労で効果はわずかしか出なかったが、手先の血流を促し、凍傷のリスクを少しでも減らすためだ。
「ちょっと! 無理はしちゃダメよ!」
上級司祭の護衛騎士が枝を集め、火を起こそうとする。湿った枝は煙ばかり立て、火は小さく揺れた。
スタマインが小声でつぶやく。
「これじゃ暖まれねぇな……」
仲間たちは凍えた手をさすりながら、雪の壁を押し固め続けた。風が耳を突き、吐く息は白く舞う。雪粒が頬に当たり、冷たさが骨まで響いた。
その時、サラがふと立ち止まり、耳をピンと立てる。
「……あれ、何か近づいてくるニャ」
フィオナも耳を澄ませ、周囲を見回した。
「……ウルフの群れだ。足音が雪を踏む音で分かる」
木々の間を黒い影がうごめく。獰猛な目が光り、牙を剥き出して迫ってくるウルフたちだ。
「待て、あの群れ……後ろに何かいる!」
スタマインが声を上げた。群れの後方、数倍も大きな魔物が、獲物を追うように駆けていた。
ユキミは仲間を見回し、短く叫ぶ。
「魔物よ!退避して!」
「クソっ!武器もないのに!」
カイルの声が雪山に響いた。
仲間たちが雪道を駆け出そうとしたその瞬間、ウルフの群れが彼らの目前を通り過ぎる。
「ワォォォンッ!」と響き渡る咆哮が雪山に反響し、雪を蹴りしめる足音と混ざって遠吠えがこだまのように聞こえてきた。
そのウルフの上げる雪煙の中に、別の影があった。
「……馬?」ポンコが目を細める。
白い息を荒く吐きながら飛び出したのは、一頭のスレイプニル。その背には馬車が繋がれていた。
「シルバー!」
誰かの叫びが雪山に響いた。
その声に反応するように、シルバーは急停止した。雪を蹴り上げながら足を踏ん張り、追っていたウルフを見送る。馬車の車輪は雪に沈み込み、きしむ音を立てて止まった。
馬車には、村の支援物資として積めるだけの食糧や物資が載せられていた。他には予備の装備やスコップなども積まれていた。
「シルバー、大丈夫?どこに行ってたの?」
セリアがシルバーを見回し、背中を撫でながら声をかける
「ふぅ…助かったな」
フィオナが短く息を吐く。九死に一生を得た安堵が声に滲む。
「馬車があれば、もう凍えなくて済むニャ」
サラがぽつりと言う。
「ほんと、もう二度とこんな目には遭いたくないわ」
リリーも小さく呟いた。
荷を下ろすと、仲間たちは再び拠点作りに取りかかった。
雪に覆われた山間でも、少しずつ作業は進んでいく。大人数では手狭ではあったが、タープを張って屋根を作り、馬車に積んでいた乾いた薪を焚いて暖を取れるようにした。
そして何よりも食事だ。
朝から何も口にしていなかった仲間たちや騎士たちは、熱気の立ちのぼる鍋を囲み、救われたような顔で食べ物を口に運んでいった。
山の寒さをしのげる拠点は、ようやく形になったのだった。
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