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第311話(交渉の結果)

見張りの兵士は倉庫の前で立ち止まり、扉の隙間から中を覗く。薄暗く、かすかに誰かの息づかいが聞こえてくる。


「……まだ薬、効いてるか?」


兵士は慎重に扉を押し開け、音を立てないよう中に足を踏み入れた。


そのとき、奥から落ち着いた声が響いた。

「やっと来たか。少将と話したいんだが」


兵士の顔が一瞬硬直する。

「うおっ……! お、お前と話すことなど、少将にはない!」


(レイ、相手が動揺しています……今が揺さぶりの好機です)


レイは口角をわずかに上げ、低く静かに言葉を重ねる。

「へぇ……例えば、陛下の秘薬の件でもか?」


その一言に兵士の表情が一瞬強ばった。目を見開き、後ずさりしかける。

「な、何故……お前がそれを知っている……」


レイは軽く笑みを浮かべる。

「知っているだけじゃない。作り方だって、分かるんだ。なんなら今、説明してやろうか?」


兵士は狼狽し、次の言葉を躊躇する。やがて意を決したかのように声を張った。

「ちょっと待て!少将の前で話せ!そこで待て、逃げるなよ!」


叫び終えると兵士は倉庫の扉を閉め、少将の元へ駆け出した。

やがて、その兵士を伴って少将が倉庫前に姿を現す。


少将はゆっくりと倉庫内に足を踏み入れ、レイと仲間たちを一瞥する。

「全員揃っているな……逃げもせず、感心なことだ」


その言葉に仲間たちは思わず身をすくめる。だがレイは肩をすくめ、微かな笑みを浮かべたまま答える。

「第三者まで捕まえる意味が分かりませんね。ジアゼパムで眠らせるなんて、やりすぎですよ」


少将は薄く笑う。

「ほう、大聖者殿は、どの薬で眠らされたか知っているらしいな」


「ええ。作るのは相当面倒な薬ですから」


少将の眉がわずかに上がる。

「なるほど……それを知っているとなると、あながち当てずっぽうではないようだな。その薬の製法を知っているのだな?」


沈黙が数秒流れる。

「教えても良いですが、条件があります。私以外の者を解放してもらうことです」


少将は鼻で笑った。

「ふん、条件を出せる立場にあると?」


レイは怯まず続ける。

「狙いは私だけでしたよね。それとも護衛や第三者も拘束し続けますか?」


少将は目を細め、短く考え込む。やがて低く答えた。

「……狙いか。確かに護衛や第三者は不要だな」


レイの声は揺るがず、仲間たちは緊張したまま少し息をのむ。

「どうですか?それともジアゼパムの製法は必要ありませんか?」


少将は口元に薄い笑みを浮かべ、ゆっくりと頷く。

「なるほど……それなら、多少は考慮する価値はあるかもしれんな。ただし、お前には帝国首都まで拘束されたまま同行してもらう必要があるが」


少将の声は冷徹で重い。レイも仲間も、床に沈んだ緊張を肌で感じた。

しかしレイは一歩も引かず、落ち着いた口調で応じた。

「ええ、それはどのようにしてもらっても構いませんよ。こちらも皇帝とはどのような人物か興味があります」


だが、その直後──。


「待って! そんな条件を本気で従うの!? 拘束されて一人で残るなんて……!」

サティが叫んだ。鎖が震え、母の声が石壁に反響する。


少将の視線がゆっくりとサティへ向けられる。鋭い眼差しが、彼女の髪と瞳を舐めるように追った。


「……ほう」

口元に浮かぶのは、冷酷な笑み。視線が再びレイへと戻る。

「大聖者。これは偶然か? お前と同じ髪、同じ眼を持つ女がここにいるとはな」


レイの背筋がかすかに固くなる。その一瞬の揺らぎを、少将は逃さなかった。


「なるほど……血縁か? もしや──母親ではないのか?」


仲間たちの表情が凍りつく。サティは必死に首を振り、鎖を鳴らして叫んだ。

「違う! 私は──」


「母さん」

サティの声をレイが遮った。苦みを帯びた微笑を浮かべつつ、冷静に言い切る。


「否定しても無駄です。……少将にはもう分かっているでしょうから」


「クク……やはりな」

少将の笑いが低く響いた。


「大聖者の母親ともなれば、我らにとって最高の“保証”だ。お前一人では交渉にならんが……母親を手元に置けば、話は別だ」

その言葉が落ちると同時に、倉庫内に声が響いた。


「レイ!」

「レイ君!」

「レイ様!」

「駄目ニャ少年!」


仲間たちが次々と叫ぶ。鎖の揺れる音が重なり、必死に訴えようとする声が倉庫を満たした。だがレイは振り返らなかった。ただ静かにその全てを受け止め、瞳を逸らさず少将を見据えていた。


少将は愉快そうに喉を鳴らし、冷然と言い放つ。

「交渉は成立だな、大聖者殿」


レイは少将を見据えながらアルに問いかけた。

(アル、失敗したかもしれない。母さんの存在を認めてしまった)

(いえ、レイその答えは最善でした。否定すれば、サティさんの立場がより危険になります)


少将は低く笑い、部下に向けて声をかけた。

「大聖者の母親を連れて行け。倉庫の外で待機させろ」


部下たちは素早く動き、サティを押さえながら倉庫から連れ出していく。鎖に縛られたまま、サティは小さく叫んだ。

「レイ……!」


少将は近くの兵士を手招きし、耳元で低くささやく。

「こいつらは外に放り出せ。この寒さの中で一日耐えられる者もいまい」


兵士が頷き、すぐに部下たちへ命じる。


その後、少将はゆっくりと振り返り、レイを見据えた。

「次に、大聖者以外の者はもう用済みだ。解放してよい!…これで交渉成立だな!」


部下たちは仲間たちの鎖を外していく。


レイは鎖に繋がれたまま、アルの聴覚強化で少将の囁きを聞き取った。

(……そういうことか。解放じゃない、凍死させるつもりだ)


鎖を外されているセリアに向かって、レイは小さく口を動かす。

「み・み・を・か・し・て」


セリアはコクっと頷くと、鎖が外された瞬間、レイにしがみついた。

「レイ君、お願いだから生き延びて…」と、耳をレイの口元に寄せる。


「セリアさん」とレイも調子を合わせ、囁き声で伝えた。

「連中は解放と言いながら凍死させるつもりです。なんとか生き延びて」


兵士は、セリアをレイから引き剥がそうと寄って来た。


「オレのことは心配しないで。上級司祭をお願いします」

レイはセリアに声をかけた。


「…レイ君、分かったわ」


セリアはレイから遠ざけられるとフィオナに耳打ちした。そして倉庫から押し出されるように出ていく。


護衛騎士のカイルも、「レイ様…」と小さくつぶやき、言葉にならないやるせなさを滲ませながら、帝国兵に引かれて倉庫を後にした。


倉庫には、鎖に繋がれたままのレイだけが残された。

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