第310話(守るために)
倉庫の中、鎖が擦れる音だけが響いていた。
仲間たちの意識は戻り、レイが語った状況を受けて、空気は一気に重くなる。
「つまり……皇帝が黒幕で、今回の件は罠ということですか?」
エリーシャの声は震えていた。
「はい。だからこそ、皇帝に直接会って、真意を確かめたいと思ってます」
「いや、いくらなんでもそれは危険過ぎる!」
フィオナが即座に否定する。
「でも、もし殺すつもりならもう始末されてたはずです。そうならなかったのは、帝国側に何か思惑があるから。鍵を握っているのは、やっぱり皇帝なんです」
レイは落ち着いた口調で返した。
理屈は通っている。しかし──。
「……でも、そこに行くのがレイ君ひとりっていうのは賛成できないかな」
セリアが眉を寄せる。
「母さんも反対よ!」
サティが強い声を上げた。
「やっと再会できたのに、また危険に向かわせるなんて……そんなこと絶対に許せない!」
その怒気を帯びた声が、石壁に反響する。
鎖がガチャリと鳴り、倉庫の空気が一気に張りつめた。
──外で、気配が動いた。
「……聞かれたか?」
レイは即座に気づく。
扉の向こうに立っていた見張りが、気配を消すように動きを止めたのだ。耳を澄まし、中の様子を探っている。
「声が響いたな。様子をうかがってる……」
レイが小声で告げると、仲間たちも息をのんで静まり返った。
倉庫の中に残るのは、鎖がかすかに揺れる音だけ。
外で、重い靴音が一度、コツンと響く。
だが、扉が開くことはなかった。
どうやら、しばらく待機して監視を強めるつもりらしい。
外に気配を感じながら、レイは声をさらに落とした。
「……今の声で、見張りが警戒したかも知れません。だから、小さい声でお願いします。下手に騒げば、この場で全員処分されかねません」
仲間たちは緊張した面持ちで小さく頷く。
「まず──オレだけが狙われてる、って事実を利用します。みんなが一緒に動けば相手は余計に警戒する。逆に、オレが単独で動く方が、帝国にとっては“扱いやすい”と思わせられます」
フィオナが唇を噛む。
「しかし、単独行動なんて……」
「危険なのは分かっています」
レイは落ち着いた声で続ける。
「ただ、今ここで全員が無理に動けば、見張りや兵士に押さえ込まれるだけです。ならば、あえて流れに乗る方が良い。オレが皇帝に会い、その思惑を確かめる。そして……誰一人傷つけないように少将に交渉してみます。皆さんには、その間、生き延びることを最優先にしてほしいです」
「それで、どうやって交渉するつもりなの?」
リリーがレイに尋ねた。
「そうですね。みんなが嗅がされた催眠ガスの作り方を材料にします」
「うそっ、あんな薬、作れるの?」
リリーが目を丸くする。
「いや、作る気も作らせる気もサラサラ無いですよ。そもそも作れるのはアルですし」
レイは淡々と言った。
フィオナが小さく息をつき、呟く。
「つまり……作り方を全部言わない限り、レイも一応は安全と言うことか」
セリアも眉をひそめつつ、静かに同意する。
「……うん、それなら少し安心できるわ」
「私は不安だわ…」サティが少し声を落として言った。
「まぁ、オレは一人じゃ無いんで、大概のことは何とかなります」
レイは肩の力を抜き、少し笑みを浮かべた。
「一人じゃないって…一人で交渉するつもりなんでしょう?…どういうこと?」
サティが首をかしげる。
「母さん、ちょっと耳を…」
レイはそっと身を寄せ、低い声で語り始めた。
サティの眉がわずかに動く。最初は半信半疑で聞いていたが、言葉が続くにつれ、その表情は驚きに変わる。
「……そんなこと……本当に……?」
思わず声が漏れる。
レイは真剣な眼差しで小さく頷いた。
その瞬間、サティの胸に衝撃が走る。
(精霊さまが……レイの中にいて、レイを守ってる……)
「……そんなことが……でも……あなたがそう言うなら……」
サティは胸に手を当て、かすかに呟いた。
その声音には、母としての不安と、信じたい気持ちが混じっていた。
セリアとフィオナはサティに向かって大きく頷き、それで場の空気が少し緩んだ。
レイは軽く肩をすくめ、落ち着いた声で説明を始めた。
「だから、みんながガスを浴びた時も本当なら抵抗できたんです。だけどあそこで暴れても全員を守り切れたかどうか分かりませんでした。なので捕まる方が得策と思えたんです」
「なら……この作戦に賭けるしかない、ね」
セリアが静かに言った。
「皇帝の狙いはオレです。何を欲しているのか、何を知りたがっているのかは分かりません。でも、それが手に入るまでは、オレに手は出さないはずです。むしろ危険なのはここにいる皆んなの方です。ここに捕まっていれば、脅迫や取引の材料にされてしまう。だからこそ、オレは一人で残るべきなんです。皆んなが安全でいなきゃ、オレは戦えない」
仲間たちはレイの言葉に互いに目を合わせ、小さく頷いた。
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