第307話(破壊の痕)
話は少し遡る。バガン少将が、エヴァルニアに対する次なる一手を実行した後のことだった。
「少将殿、皇帝陛下よりご命令です。
まず、エヴァルニアへの侵攻は当面見送ること。理由は、大聖者との直接の争いを避けるためです。
代わりに、大聖者を生きたまま確保し、帝国に来ることを許すよう手配せよ。――もちろん、現場の判断で無理があれば連れて来ても構わん。
その人物については徹底的に調査し、とくに所持品に注目すること。皇帝陛下は、その持ち物が重要な手がかりになると考えておられます。
現在の作戦は、拘束・確保を主目的に修正してください。以上です」
報告を受け、バガン少将はわずかに眉をひそめる。
――この村を使った侵攻の口実は、もう目前だったのに。
帝国南端の小村を接収し、「エヴァルニア軍が迫っている」と告げて村人を退避させ、村全体を地震で壊れたように偽装する。
あとは、この“被害”をエヴァルニアの仕業と喧伝し、開戦の大義名分を得るはずだった。
ところが、皇帝から新たな命令が下る。――大聖者の捕獲。
陛下が何を企んでいるのか……少将には到底理解できなかった。だが命令は命令、自らの思惑を忍ばせながら従うしかない。
バガン少将は即座に作戦を組み替えた。
標的は大聖者。ただし、生かして捕らえる。仲間は抵抗すれば排除すればいい。
少将は、表向きには帝国南端の村での被害について大聖者本人と話し合うためという名目で、近隣の街の司祭に文書を送った。
文書には、「教会の通信手段を使い、大聖者と連絡を取り、帝国南端の村に来るよう伝えよ」と書かれていた。
だが本当の狙いは冷酷で単純だった。
大聖者をこの村に誘き寄せることなのだから。
――そして今、狙い通りにその大聖者は姿を現した。
「大聖者レイ、久しいな。帝国として、今回の件について、君の言い分を聞かせてもらおう」
唇の端がわずかに吊り上がる。
「拒めば……無用な血が流れるだけだ」
バガン少将が鋭い視線を突きつけ、言葉を吐き終えた直後。
レイは一歩も引かず、逆に静かな声で返した。
「その前に……まず、この村を見せていただけませんか?」
バガン少将の眉がわずかに動く。
「……村を?」
「ええ。あなた方は『地震で壊滅した』と仰いました。ならば、大聖者として確かめる義務があります。
この目で――本当に魔法による災害だったのかを、です」
背後に控える帝国兵がざわめき、バガン少将はしばし沈黙した。
だがすぐに冷ややかな笑みを浮かべ、肩をすくめる。
「……いいだろう。好きに見るがいい」
レイが答えようとした時、隣に立つフィオナが一歩前に出た。
「私も行こう。レイが一人で背負う話ではないからな」
セリアもためらいなく続いた。
「そうね。レイ君、一緒に見てまわりましょう。私も気になるわ」
サラもリリーも、サティも頷いている。
カイルが静かに剣の柄に手を添え、低く頭を下げる。
「お供します、レイ様。もし罠でも、必ず守ります」
そのとき、馬車の奥からエリーシャ司祭とジョリーン司祭も、一歩前に出た。
「私たちも同行させていただきます。第三者としてここに立ち会う以上、不正な証言が出ないよう、しっかり見極める必要がありますから」
「……分かりました。では、皆で村を見て回りましょう」
フィオナやセリアたち、カイル達護衛騎士と、二人の上級司祭を含めた一行は、瓦礫と壊れた家屋の間を進みながら、村の様子を注意深く観察し始めた。
「……やっぱりな」
レイが小さく呟くと、アルの声が響く。
(気づきましたか、レイ。この崩れ方……地震では説明できません)
レイは頷き、瓦礫の中から一本の焦げた木片を拾い上げた。
「地震なら家ごと横倒しになるはずだよね。だけどこれは……斧で柱を切ってるよね。剪断面がはっきり残ってる」
自分の口からすらすらと出た言葉に、レイは眉をひそめる。
「……あれ? なんで俺、こんなこと知ってるんだ?」
(アルディアの書庫で目にした知識ですよ。『破壊部分の見分け方』に同じ記述がありました)
「あぁ、あの時ね。あの時は夢中で読んでたけど、なんで教会の書庫にそんな本があったんだ?」
(今はそこを気にしても仕方ありません。それより証拠として司祭に見てもらいましょう)
レイは木片をじっと見つめたまま、短く息をつく。
「確かに、そうだな……証拠、か。たしかにこれがあれば、俺の魔法で壊したんじゃないって言えるかもしれないな」
(ええ。ただし、おそらく彼らは真実を求めていません。証拠を突きつけても、都合のいいように解釈されるでしょう)
「……それでも、何も持たないよりはいいと思う…」
レイは二人の上級司祭、エリーシャとジョリーンを呼び寄せた。
「ちょっと来てください。お二人に見てもらいたいものがあります」
二人が近づくと、レイは倒れた家屋の瓦礫を指さしながら説明を始めた。
「まず、瓦礫の散らかり方ですが……倒れた家の周りに瓦礫が散乱しているのは当然のことです。でも、ここを見てください。ほとんど建物の外側に集中しているんです」
「なるほど…自然に倒れたなら、もっとバラバラに散らばるはずですね」
瓦礫をじっと見つめながらエリーシャは呟いた。
ジョリーンも頷く。
「向きも角度も揃ってるじゃない……まるで、遠くにポーンって投げたみたいな形跡があるわね〜」
レイは続ける。
「そう。つまり、人の手で派手に壊れた印象を作ろうとしたんです」
次にレイは焦げた柱を拾い上げ、二人に見せた。
「そして、この柱です。剪断面と破断面に注目してください。切断面が非常に平らで均一でしょう?」
「……あ、これって……何かで切った跡、ですよね?」
エリーシャが息を飲んだ。
「ええ。そして、この後に槌や力を加えて家を倒したために、破断面も残っているんです。地震で自然に倒れた場合、柱は裂けたりねじれたりしてランダムに破断するはずですから、こんなに規則的な痕跡は残りません」
ジョリーンは柱を手に取り、目を細めて確認した。
「……なるほどねぇ~。瓦礫の散らかり方と、この柱、どっから見ても、自然災害じゃないってわかるわぁ~」
レイは軽く頷き、二人の視線を受け止める。
「証拠としてここからいくつか持ち帰る必要があります。これがあれば、少なくとも俺の魔法で壊したわけではないと示せるでしょう」
エリーシャとジョリーンは頷き、慎重に柱と瓦礫の位置を確認しながら、証拠として扱う準備を始めたのだった。
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