第306話(妙な村人)
レイたちは、途中で合流したエリーシャ司祭、ジョリーン司祭の馬車とともに、帝国の壊滅した村へ向かっていた。
谷間に小さな村が見え始める。
白い雪原の中、灰色の屋根が並んでいる――だが、多くは傾き、壁には亀裂が走っていた。
雪に埋もれた瓦礫があちこちに積み上がり、崩れたままの家も少なくない。
「……地震の跡なのかな?」
隣に座るセリアが、ぽつりとつぶやく。
村の入口近くまで来ると、道の真ん中に三人の男が立っていた。
分厚い外套に身を包み、手には農具だが、その構えは武器を扱い慣れた者のものだ。
馬車がきしみを上げて止まる。
先頭の男がシルバーを見て、一瞬ギョッとした顔をしたが、すぐに表情を引き締め、険しい声を放った。
「ここから先は、許可を受けた者しか通せん。用件は?」
御者席のイーサンが、視線を合わせずに答える。
「帝国教会本部の司祭殿と面会するために来た。取り次ぎを頼む」
男は無言で仲間の一人を顎で示す。
駆けていった男がしばらくして戻ると、先頭の男は渋々頷き、道の脇へ下がった。
「……通れ。教会は突き当たりだ。ただし、村では妙な真似をするな」
馬車が再び動き出すと、入口近くに張られた複数のテントが目に入った。
その布の色と形に、イーサンの目がピクリと光る。
「レイ様……あのテント、見えますか。帝国軍が駐屯地で使っていたものと同じです。私が潜り込んだときに見ました。軍も来ていると見て間違いないでしょう」
レイは村の中をじっと見つめる。
倒壊した家屋の間に立つ人影。みんな、やけに背筋がピンとしている。
雪かきをしている者も、荷を運ぶ者も、同じ瞬間に馬車の方をチラッと見やった。
――なんだ? 普通、村人がこんなに揃って一斉に見るか?
さらに妙なことに気づく。
軍服を着た者は一人もいない。
女子どころか、子供の姿すら見えない。
まるで、村全体が戦場帰りの男たちだけで構成されているかのようだ。
馬車はゆっくりと村の奥へ進み、やがて突き当たりにある教会の前で止まった。
教会もまた、壊れかけている――はずなのに、なぜか違和感がある。
そこで崩れたとは思えないほどの瓦礫の散乱、整然とした破壊の痕……
そのすべてが、何か意図的に“作られた”かのように見えた。
そう思っていたレイに、アルが静かに告げる。
(レイ、あの者たちは村人ではありません。ほとんどが軍人と見て間違いないでしょう)
(……そうなの? おかしいとは思ったけど)
(はい。立ち姿勢は規律訓練を受けた兵士そのもの。雪かきも荷運びも、動きが揃いすぎています)
(揃いすぎか……)
(さらに、腰や背に装着している道具の位置。あれは民間人ではなく、武器の携行法です。
女子も子供もいない。ここは村を装った駐屯地の可能性が高いです)
(……じゃあ、罠の可能性が、ますます高まったってことかな)
アルと会話をしていると、教会の扉がギギッと軋みを立てて開いた。
中から、帝国教会本部から派遣されたと思しき司祭が馬車の方に向かってきた。
レイたちも馬車から降りた。
フィオナ、セリア、サラ、リリー、サティ――仲間たちが次々と地面に足をつける。
イーサンは御者席から降り、護衛騎士六人も馬から下りた。
後方では、エリーシャ上級司祭とジョリーン上級司祭も馬車から下り、全員が村の雪道に揃った。
司祭は落ち着いた声で告げた。
「あなたが大聖者レイ様ですね。お持ちのメダリオンと指輪から、間違いないと判断いたしました。
私は、この村から一番近いドリルッチの街から派遣されました、グレコと申します」
レイは軽くうなずき、視線を司祭に向けた。
司祭は胸に手を当て、静かに口を開いた。
「さて、今回こちらにお越しいただいたのは、こちらの村、先日の地震で壊滅したこの場所についてです。
原因は、レイ様の魔法によるものではないかと推測されております。この件について、帝国側は大聖者ご本人との話し合いを希望しており、私が取り次ぎに参りました」
レイは少し間を置いて問いかける。
「どなたが話し合いを望んでいらっしゃるのですか?」
その瞬間、教会の奥からコツ、コツと鋭い靴音が響いた。
暗がりを割って現れたのは、軍服姿の男――和平交渉の席で顔を合わせた、バガン少将だった。
背後には数名の帝国兵。彼らは無言で控えていたが、漂う威圧感は隠しようもない。
バガン少将はゆっくりと歩み寄りながら、鋭い視線をレイに突きつけた。
「大聖者レイ、久しいな。帝国として、今回の件について、君の言い分を聞かせてもらおう」
唇の端がわずかに吊り上がる。
「拒めば……無用な血が流れるだけだ」
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