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第304話(帝国領へ)

ワイバーンを退けた一行は、その日、泥濘が比較的少なかった場所を選んで通り抜け、

帝国側の領土へと入った。


ただし、帝国側とはいえ守備隊が配置されているのはもっと内陸部であり、

このあたりは緩衝地帯のような扱いだった。

慎重に進んだが、帝国兵の姿はおろか、影すら見当たらなかった。


やがてレイたちは、山の中腹にあるかつて帝国軍が駐屯していた場所に到着した。

野営の準備に取りかかり、夕食を終える頃には、冷え切った空気の中で焚き火の橙色の炎が静かに揺れていた。


レイはいつもの服のおかげで寒さ知らずだったが、

女性陣は寒さを避けるため、馬車の中で身を寄せ合いながら休んでいる。

イーサンは誰かに頼まれたのか、馬車の近くでお湯を沸かしているようだ。


火のぬくもりに手をかざしながら、カイルとハロルドが足音を忍ばせてレイのもとへやってきた。

他の護衛騎士たちは野営地の周囲を巡回しているようだ。


「さすがに山の中は冷えますね」とカイルが声をかける。


「そうですね、ここで暖をとってください」

レイは焚き火のそばへ二人を招いた。


「昼間はありがとうございました」とカイルが礼を言った。


レイは軽く頷いた。

「いや、こっちも助かりました」


カイルは少し戸惑いながらも、レイに尋ねた。


「ところで、今日ワイバーン退治に参加してたサティさんって、

レイ様の……お母さんって本当なんですか?」


「そうなんです。

この間の使役魔物との争いの時に、魔法使いとして参戦してもらって。

『もしかしたら実の息子かもしれない』って探してくれてたみたいで。

だから、十三年ぶりにやっと再会できたんです」


カイルは微かに笑みを浮かべて言った。

「それは、本当に良かったですね」


その言葉を受けてレイの表情がわずかに和らいだが、カイルの脳裏には別の思いがよぎっていた。


あの時、レイが大聖者に任命された際には苗字がなく、孤児として重責を背負う若者の姿が不憫に思えた。

母親と再会できたと知り、胸の奥が少し温かくなった一方で、同時に複雑な思いもこみ上げていた。


(……十三年ぶりに親子が再会したのに、その矢先に帝国から、まるで釈明を求めるかのような

交渉が持ちかけられるなんて。やりきれない話だ)



焚き火の炎を見つめ、思いを巡らせていたレイに、しばらくしてカイルが口を開いた。


「レイ様、セバス殿からは、壊滅した村へ向かう途中の状況を細かく確認し、魔法の痕跡を探すよう

指示が出されています。できれば魔法の範囲やその影響も確かめるように、と」


レイは目を細め、穏やかに答えた。


「そうですね。この辺りは凍った石や少し残った雪が散らばり、小枝が折れて道にかかっていたりしますが、

これまでのところ目立った魔法の影響は見当たりません。移動にも特に問題なさそうです」


「はい、その通りです。地震のような魔法は爆発と同じく、中心部で被害が大きく、

離れるほど被害は軽くなるとセバス殿は考えていました」


レイは頷きながら言った。


「確かに、そう考えるのが自然ですよね」


カイルは続ける。


「帝国教会が伝えてきた村の場所は、戦いがあったとされる場所から離れています。

そうであれば、帝国の言っていることには矛盾があるのではないかと思います」


「だとすると狙いはオレなのかなぁ?」レイは独り言のように呟いた。


「はい、ただしセバス殿はレイ様の暗殺ではなく、拉致、あるいは

弱みを握っての交渉などを警戒せよと言っておられました」


レイはしばらく考え込んだ後、口を開いた。


「やはり、帝国に呼び寄せた以上、からめ手で来るのが常道でしょうね。

狙いがはっきり見えてこない以上は、行くしかないですね……虎穴に入らずんば虎子を得ず、です」


カイルも頷いた。


「はい。危険な場所ですが、油断せずに警戒しつつ情報を集めていきます。

魔物よりは対人のほうが得意ですから、その点はご安心ください」


ハロルドは短く頷き、静かに言った。


「守りなら任せてください」


二人はレイの元を辞した。しばらく歩みを進めたあと、カイルがぽつりと口を開く。


「何だろうな……レイ様と話すと、とても若者には見えない老成した感じがあるんだよな。

自分の息子と大差ない歳だってのに、なんであんなに落ち着いていられるのか、不思議で仕方ない」


ハロルドは言葉を返す前にしばらく考え込み、ゆっくりと答えた。


「経験なんだろうな」


カイルは肩をすくめ、少し笑みを浮かべながら言った。


「経験ねぇ……どんな経験をすれば、あそこまで達観した人間になるのやら」


ハロルドは黙って頷き、二人はそれぞれの思いを胸にそのまま静かに歩み去った。


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